T68 『名誉毀損と事前差止め』 「北方ジャーナル」事件
最高裁昭和61年6月11日大法廷判決
(昭和56年(オ)第609号損害賠償請求事件)
(民集40巻4号872頁、判時1194号3頁)
平成11年10月13日 G
【事実の概要】
Y(被告・被控訴人・被上告人)は、昭和38年5月から同49年9月までの間、旭川市長の地位にあり、その後昭和50年4月の北海道知事選に立候補し、更に昭和54年4月施行予定の同選挙にも同年2月の時点で立候補する予定であった。
一方X(原告・控訴人・上告人)は、「ある権力主義者の誘惑」と題する記事を作成し、これを同年2月下旬に発売予定の雑誌「北方ジャーナル」4月号に掲載することとし、印刷その他の準備をしていた。当該記事は、Yを「インチキ製品を売っている(政治的な)大道ヤシ」あるいは「天性の嘘つき」などと評し、「新しい女を得るために、罪もない妻を卑劣な手段を用いて離別し、自殺せしめた」などと述べ、知事として適格でない旨を展開するものであった。
Yの代理人弁護士らは、札幌地裁に対し名誉権の侵害を予防するとの理由で本件雑誌の執行官保管、その印刷、製本及び販売又は頒布の禁止等を命ずる旨の仮処分申請を行ったところ、この申請を相当と認められ、仮処分執行が行われた。
Xは、これを不服として訴えを提起した。
【第一審】 札幌地判昭和55年7月16日 Xの請求棄却
【第二審】 札幌高判昭和56年3月26日 Xの控訴棄却
<上告理由>
「本件仮処分による本件記事の事前差止めが検閲にあたり、憲法21条2項に違反する」
「右事前差止めが言論・出版の自由を保障する同条1項にも違反する」
【上告審】 上告棄却
「仮処分による事前差止めは、・・・個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって、検閲には当たらないというべきである」
「表現行為に対する事前抑制は、・・・憲法21条の趣旨に照らして、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる。差止めの対象が公共の利害に関する事項である場合、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは・・・例外的に事前差止めが許される」
<論点> 差止請求が例外的に認められる場合の実体的要件
(判例)
・東京高決昭和45年4月13日高民集23巻2号172頁
婦人開放運動家で衆議院議員をやめたばかりの抗告人が、自身の過去の事件(日蔭茶屋事件)を素材にした映画の上映によって、自己の名誉・プライバシー権が侵害されるとして、上映の差止めを求めた事案で、地裁、高裁いずれも差止請求を認めなかった。
地裁(東京地決昭和45年3月14日高民集23巻2号192頁)では、「権利侵害の違法性が高度な場合のみ、差止請求を認めるべきものと解するのが相当である」とした。
高裁では、「予防の措置がなされないままで放置されることによって蒙る不利益の態様、程度と侵害者が右の措置によってその活動の自由を制約されることによって受ける不利益とのそれとを比較衡量して決すべきである」とした。
<私見>
本判決は、言論、出版等の表現行為により名誉を侵害した場合、表現の自由の保障との調整をどこに求めるかについて、従来広く用いられていた比較衡量論を採用せず、厳格かつ明確な要件を設定すべきことを明らかにした。本判決を支持する。