T44 『宗教上の理由に基づく「剣道」の不受講』
―エホバの証人信徒公立高専原級留置処分事件
(平成7年(行ツ)第74号 同年8年3月8日第2小法廷判決棄)
(民集50巻3号469頁、判時7241564号3頁)
11月24日(水) H
[事実の概要]
公立の学校である神戸市立工業専門学校第1学年に在学していたエホバの証人の信徒であるXが、その宗教上の「いかなる時も武器を持たず、格闘技を行わない」との教義に従って、剣道実習に参加しなかった。その代わりにレポートを提出しようとしたが聞き入れられず、必修科目の体育の単位を認定されずに、原級留置となった(1991.3)。翌年も同様の経緯により原級留置となり、連続2回原級留置者に退学を命ずることができるという学則にもとづいて、退学処分を受けた(93.3)。Xは、退学処分は学校の裁量権を逸脱し、信教の自由を侵害しているとして、神戸高専の校長Yを相手取り、提訴。
[争点]
@司法審査が及ぶか。
⇒(1)当事者間の具体的権利義務の存否に関する争いであり、かつ(2)裁判所が法の適用により終局的に解決することのできるものに限って司法審査が及ぶ(客観訴訟は例外、行政事件訴訟法42条参照)。
A退学処分は信教の自由の侵害となるか。
B代替措置を設けることは政教分離に反しないか。
[判決]
第1審の神戸地裁(1993.2.22)は、@司法審査が及び、AXは入学するにあたり必修科目である体育の実技に剣道があることを熟知しながらあえて高専に入学しており、剣道実技の不参加による体育の単位が認定されなかったことによるXの信教の自由に対する不利益の程度は低く、校長Yには本件原級留置処分をするについて裁量権の濫用または、逸脱はない。従って、退学処分は信教の自由の侵害とならない。また、B剣道の実技の参加していないにもかかわらず、信教の自由を理由として、参加したのと同様に評価すれば、宗教上の理由に基づいて有利な取扱いをすることになり、他の生徒の消極的な信教の自由と緊張関係を生じるだけでなく、公教育に要求されている宗教的中立性を損ない、ひいては、政教分離原則に抵触することにもなりかねないとし代替措置をも受けることには政教分離に反する。
第2審の大阪高裁(1994.12.22)は、@を肯定し、A剣道実技の修得がなにものにも代え難い必要不可欠なものといえず、Xの剣道拒否は信仰の核心部分と密接不可分であるうえ、退学により教育をうける権利を奪われるXの被る不利益はあまりに大きく、退学処分は信教の自由の侵害となり、B代替措置は、Xの信教の自由を侵さずに教育を受ける機会を保障することを目的とするものであって、適切に裁量が行使されれば、特定の宗教を援助・助長することにはならない。
[判決理由]
(最高裁も同様の結論を支持。)Xが自由意思により、必修である体育科目の種目として剣道を採用している学校を選択したからといって退学処分のような著しい不利益をXに与えることが当然に許されるわけではない。またXに対して、正当な理由のない履修拒否と区別する事なく、代替措置が不可能というわけでもないのに、代替措置について何ら検討することもなく、体育科目を不認定とした担当教員らの評価を受けて、原級留置処分とし、さらに、不認定の主たる理由及び全体成績について勘案することなく、2年続けて原級留置となったため退学処分をしたという校長の措置は、裁量権の範囲を超える違法なものである。信仰上の理由から剣道実技に参加できない学生に対して代替措置をとることは、その方法、態様のいかんを問わず、20条3項に違反するということはできない。
[類似判例]
T 加持祈祷による傷害致死 (最判S38.5.15) 判例百選T−40 P.82
精神異常者の病気回復を祈願するためになされた宗教的行為によって被害者が死に至った事件
・・・憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかない。
U 文化観光税条例 (奈良地判S43.7.17) 判例百選T−42 P.86
寺院の入場料税への賦課を定めた条例が宗教を対象とした規制であると争った事件
・・・憲法20条に違反する条例であるとはいえない。
V 牧会活動事件 (神戸簡判S50.2.20) 判例百選T−41 P.84
建造物侵入・兇器準備集合の嫌疑を受けて逃走中の高校生2名を親の依頼に応じ、教会に一週間宿泊させて説得、警察に任意出頭させた牧師が、略式裁判で犯人蔵匿の罪に問われたのを不服として、争った事件
・・・本件牧会活動は目的において相当な範囲にとどまり、正当な業務行為として罪とならない。
W 日曜授業参観事件 (東京地判S60.3.20) 判例百選T−43 P.88
牧師である両親の主宰する教会学校に出席したため、日曜日に行われた公立中学校の授業参観に欠席した児童2人と両親が、「欠席」の記載処分の取消と損害賠償を求めて争った事件
・・・出席の免除は公教育の宗教的中立性を保つ上で好ましいことではないとし、宗教集団の集会と抵触することになったとしても、法はこれを合理的根拠に基づくやむをえない制約として容認している。(=抗告訴訟の対象にもならず、損害賠償もできない)
[私見]
退学処分は、学生の身分を剥奪する重大な措置であり、特に慎重は配慮を要するというべきであり、他の学生の不公平感を生じさせないような適切な方法、態様による代替措置は実際上可能である。また、代替措置を採ることは、その目的において宗教的意義を有して、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を有するものということはできず、他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を加える効果があるともいえない。
従って、Yの措置は、社会観念上著しく妥当性を欠いた処分といえ、裁量権の範囲を超える違法なものといえる。