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T75 『国家秘密と取材の自由』 ―外務省秘密電文漏洩事件

最高裁昭和53年5月31日第一小法廷判決
(刑集32巻3号457頁、判時887号17頁)


1999年12月8日 Y 

【事実】

 毎日新聞社の外務省担当記者である西山記者は、外務省審議官付の女性秘書Hとホテルで肉体関係をもった後、「取材に困っている、助けると思って沖縄関係の秘密文書を見せてくれ」と懇願し、沖縄返還交渉関係の秘密書類を持ち出すことを依頼し、これを入手した。西山記者は、この書類を社会党の衆議院議員に提供し、昭和47年3月27日の衆議院予算委員会で、前年の6月17日に調印された沖縄返還協定には、米軍用地の復旧補償費を日本政府が肩代わりする密約があった、と政府を追及した。

 政府は、情報の出所経路をつきとめ、同年4月4日、事務官Hは国家公務員法の守秘義務(100条1項)違反容疑で、また西山記者は秘密漏示そそのかし罪(111条)の違反容疑で、それぞれ逮捕、起訴された。


【争点】

@ 取材の自由は憲法上保障されているか。
A 新聞記者等による国家機密の取材を秘密漏示そそのかし罪として処罰することが、取材の自由を侵害し違憲であるか。
B 秘密の意義 


【第一審】(東京地裁昭和49年1月31日判決、判時732号12頁)

 国民主権の採用する日本国憲法下においては、国民は絶えず国政に関する事項を知り、国政を監視しこれを支持又は批判することを通して国政に参加する権利と責任を全うすることができる。しかし、国民が公共的関心事項について知る自由を有するにしても現在の社会的機構においては、個々の国民がこの自由を十分に行使、享受するには能力の限界がある。報道機関は、国民の知る自由や意見表明の自由に奉仕するものであり、報道する自由も憲法21条により保障される。取材活動の自由もそれ自体は表現行為ではなく、その前提行為たるに過ぎないが憲法21条の精神に照らして十分尊重されなければならない。

 取材の自由も、絶対無制約ではなく他の利益との関係で制約される可能性がある。したがって、西山記者の行為は「そそのかし」に該当するが、「知る権利」の意義と報道機関の公共的使命を重視し、@そそのかしの目的、A手段方法の相当性、B利益衡量の三点を総合考量した結果、「全体としてなお法秩序の精神に照らして是認できる」として正当行為性を認めた。


【控訴審】(東京高裁昭和51年7月20日判決、判時820号26頁)

 国政の運営についての報道をするために国家機密を取材する活動は、すべての「そそのかし罪」に当たる可能性が生ずることにもなるから、公務員に対する秘密漏示の慫慂行為のうち、報道機関の適正な取材活動として憲法上保護されているものを、「そそのかし」罪の規定の適用の範囲外におく合憲的な限定解釈がなされ、構成要件として明確な限定がなされるべきである。報道機関の取材活動については、「取材の対象となる公務員が、秘密漏示行為に出るかどうかについて、自由な意思決定をすることを不可能とする程度の手段方法を伴ってなされる秘密慫慂行為、及び取材者の加えた影響力により、取材の対象となる公務員が、秘密漏示行為に出るかどうかについて、自由な意思決定をすることが不可能な状態になっていることを認識し、その状態を利用してなされる秘密漏示行為の慫慂行為」がこれにあたる。本件行為はこれにあたる。


【上告審】

 「国家公務員法109条12号、100条1項にいう秘密とは、非公知の事実であって、実質的にそれを秘密として保護に値すると認められるものをいう。

 「報道の自由は、憲法21条が保障する表現の自由のうちでも特に重要なものであり、また、このような報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由もまた、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和44年大法廷判決・刑集23巻11号1490頁)」から、「報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的違法性を欠き正当な業務行為というべきである」。「当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で右Hと肉体関係をもち、同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥ったことに乗じて秘密文書を持ち出させ」るなど、取材対象者の「人格の尊厳を著しく蹂躙した」本件行為は、「その手段・方法において法秩序全体の精神に照らし社会観念上、とうてい是認することのできない不相当なものであるから、正当な取材活動の範囲を逸脱している」。


【学説】

@国家公務員法111条自体の違憲説(有倉)
A同条の取材活動への適用違憲説(小林)
B同条の合憲的限定解釈論(本件控訴審)
C取材活動を正当業務行為(刑法35条)として一定の範囲で違法性阻却を認める説(上告審)
D取材活動の違法性阻却の判断に利益衡量論を用いる説(第一審) 


【私見】

 秘密事項が漏示されるならば公務の民主的かつ能率的な運営を国民に保障し得なくなる危険も存在するが、国民が国政に参加するための知る権利の保障(21条)という見地から、国政情報は開示されるべきであるので、国家機密は実質秘と解するのがよいのではないかと思う。
 国家秘密の取材は公務員の守秘義務と対立するものであるから、取材が誘導的性質を伴うのはやむをえないのであり、秘密の漏洩をそそのかす行為が直ちに処罰に値すると解するのは妥当でない。しかし、取材対象者の人格の尊厳を傷つけるような方法による取材は許されないし、また、国民もそのような方法による取材は望まないと思う。


2004.7.19 upload / 7.20 update

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