T81 『公安条例の明確性』 ―徳島市公安条例事件
最高裁昭和50年9月10日大法廷判決
(昭和48年(あ)第910号 集団行進及び集団示威運動に関する徳島市公安条例違反、道路交通法違反被告事件)
(刑集29巻8号489頁、判時787号22頁)
2000年1月26日 O
【事実の概要】
被告人Yは、昭和43年12月10日、徳島県反戦青年委員会主催の「B52基地撤去、騒乱罪粉砕、安保推進内閣打倒」を表明する集団示威行進に参加したが、先頭集団が蛇行進を行い交通秩序の維持に反する行為をした際、笛を吹くなとして集団行進者に蛇行進をさせるような刺激を与え、もって交通秩序の維持に反する行為をするよう煽動を行うなどした。このためYは徳島市の「集団行進及び集団示威運動に関する条例(徳島市公安条例)」3条3号、同5条に違反するとして起訴された。
【論点】
条例3条3号の規定が、憲法31条に違反するかどうかについて、
@その判断基準
A当該規定の明確性
【第一審 高松地裁】 無罪
同条例3条3号の規定の内容が憲法31条に反する。
【第二審 高松高裁】 控訴棄却
検察側はこれを不服として上告した。
【最高裁】 破棄自判
(1)「一般に法規は、規定の文言の表現力に限界があるばかりでなく、その性質上多かれ少なかれ抽象性を有し、刑罰法規もその例外をなすものではないから、禁止される行為とそうでない行為との識別を可能ならしめる基準といっても、必ずしも常に絶対的なそれを要求することはできず、合理的な判断を必要とする場合があることを免れない。」従って、「刑罰放棄があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するかどうかは、通常の判断力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうかによってこれを決定すべきである」。
(2) 本条例3条3号の内容について、「その義務内容の明確化を図ることが十分可能であったにもかかわらず、本条例がその点についてなんらの考慮を払っていないことは、立法措置として著しく妥当を欠くものがある」。
(3) しかし、本条例3条3号が、「集団行進などについての遵守時効の一として『交通秩序を維持すること』を掲げているのは、道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに図違反する交通秩序阻害の程度を超えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じているものと解され」ることから、「このように解釈した場合、右規定は右条例5条の犯罪構成要件の内容をなすものとして憲法31条に違反するような不明確性を有するものではない」。
(補足意見:団藤裁判官)
・「これは不明確な構成要件が国民一般の表現の自由に対して有するところの萎縮的ないし抑止的作用の問題(本件の審理に適するかどうかの問題はあるが)である」。
(意 見:高辻裁判官)
・「多数意見は・・・『道路における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を越えた、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避止すべきことを命じているもの』と解釈する・・・が・・・『禁止される行為とそうでない行為との識別を可能ならしめる基準』を読みとるについて行為者に期待されるところは、通常の判断能力を有するものが規定の文言から素ぼくに感得するところの常識的な理解であって、多数意見にあるような考慮を重ねて得られる解釈ではあるまい」。又、「典型的な行為(ex.蛇行進e.t.c.)ではないが集団行進等において粛然として形態にとどまらない形態をもたらすような行為については、どのような程度までがその種の『殊更な・・・行為』にあたるとされるのか、・・・疑問が残る」。
【公安条例に関するその他の判例】
・〔新潟県公安条例事件判決〕(最大判昭29.11.24)〕
@集団行動を一般的許可制にすることは許されないこと
A場所と方法について明確な基準の下で許可制をとることは許容されること
B不許可とするためには、公共の安全に対し明らかな差し迫った危険が予見されることを要するという基準を示し、合憲判決を下した。
・〔東京都公安条例事件判決〕(最大判昭35.7.20)〕
いわゆる「集団的暴徒化論」を理由として、当該規定においてはその許可基準が明確でなく、更に、不許可の場合の救済規定が置かれていないにもかかわらず、合憲判決を下した。
【明確性に関して争われたその他の判例】
・〔税関検査事件判決(最大判昭59.12.12):合憲判決〕
・〔福岡県青少年保護条例事件判決(最大判昭60.10.23):合憲判決〕
各々の判決において、当該規定の解釈はその限界を超えるものである、という旨の反対意見が付されている。
【私見】
集団示威運動は、現代における国民の唯一の有効な意思表示の手段である。それを規制する場合には、可能な限り規定の内容を具体化する必要があり、当該規定に刑罰規定が置かれる場合には罪刑法定主義から一層の明確性が求められるべきである。更に、本判決の示す「一般人の理解」には行為者の理解が含まれず、個人責任の原則に反すると解される。
従って、本件判決は不当であると解する。