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 『統治行為論』(発表用)


平成12年1月12日 U 

はじめに

 日本国憲法は、民事・刑事の裁判はもとより行政事件の裁判も含めて、一切の法律上の争訟を裁判する作用を司法権と見なし、これを原則として通常裁判所の権限とし(76条、なお裁判所法3条参照)、さらに、通常裁判所に違憲立法審査権を認め(81条)、国家行為の適法性に対する裁判的統制を徹底させている。このことから、法律上の争訟でありながら司法審査の対象から除外される統治行為または政治問題の観念を認めることが可能かどうか、可能だとしても、その根拠をどこに求めるのか、という問題が生ずる。この問題は、法治主義・権力分立・司法権の本質など近代公法の重要な諸原則と密接に関連し、理論上も困難な課題であり、多数の学説の対立がある。これを日本の判例を検証すると共に考察を試みる。


(1)統治行為の意義と範囲

 まずはじめに、問題とする「統治行為論」の定義をいくつかあげると、

・法定判断が可能であるにも拘わらず、高度の政治性を有するために、あらゆる裁判的審査の対象から除外される国家行為(金子宏)

・国家行為の中で、それが高度の政治性を有するものであるために、これに関する法律問題につき、通常の裁判所において審理判断をなしえないものとされるもの(入江俊郎)

・高度の政治的な意味を持った国家行為ないし国家的利害に直接関係する事項を対象とする国家行為で、法律的判断が可能であるに拘わらず裁判所の合法性の審査から除外される行為(雄川一朗)

である。すなわち、@国家行為であること、A高度の政治性(国家の利害に直接関係性)を持つ行為であること、Bその行為について法律的判断が可能であること、C以上の要件をすべてみたした行為には司法権がいっさい及ばないこと、これが統治行為のモデル概念である。


 なぜこのような統治行為論を認めなければならないのか、これについての肯定説は、以下の3説がある。それは、@自制説、A内在的制約説、B折衷説である。

自制説―統治行為論を裁判所の政策ないし自制として説明するものである。つまり裁判所が、高度の政治性を有する国家行為について違憲・無効と判断することは、社会的混乱・対外的国家意思の分裂、司法の政治化等の危険が生ずるため、そうした重大な害悪を避けることを目的として、違憲という小害を甘受しなければならないとするものである(比例の原則 山田準次郎)

内在的制約説―統治行為の容認される理由を、司法権の本質、すなわち、司法権自体に内在している限界に求め様とするものである。その限界の一般的な根拠づけは、「司法権の非政治性」に、さらに詳しくは、@三権分立の原理(入江俊郎)、A法治主義の原理(雄川一朗)、B民主主義的責任の原則(金子宏)に求められる。いずれの根拠をとるにせよ、この説は、裁判所の非政治性を主張することにより、政治的に影響を及ぼす行為については、政治的に責任を負いえない裁判所が政治的決定を審査することはできない、そのような行為については「主権者」たる国民に判断を委ねるべきであるとする。

折衷説(機能説)―内在的制約説に自制説の趣旨を加味して問題を考察しようというものであり、統治行為は認めるが、その範囲を厳格に限定しようとするところに特色がある。それゆえ、統治行為に関しては、そのカテゴリカルな適用を排し、権利保障及び、司法救済の必要と裁判の結果生ずる事態、司法の政治化の危険性、司法手続きの能力の限界、判決実現の可能性等を考慮に入れながら、事件に応じたケース・バイ・ケースの処理を主張する。(芦部信喜)


 そして、統治行為の範囲であるが、肯定説の中でも統治行為の範囲については、意見が分かれる。それらを区別すると、@司法判断に不適合な国家行為を広く含むとするもの、A国会や内閣の裁量行為は除外するが、国会の自律的行為を含むとするもの、B裁量行為と自律的行為の双方を除外して、それらとは別の概念として構成するもの、という具合になる。機能説はBの立場を選択する。


(2)統治行為否定説

 統治行為という概念を否定する説は、基本的には憲法98条、81条が、裁判所はあらゆる国家作用を審査できるとしているという厳格な分離解釈による。(磯崎辰五郎、奥平康弘、覚道豊治、小島和司)

 最も有力な見解は、磯崎教授のそれで、教授は、
@憲法98条1項は、憲法の最高法規性に実体的効力を付与することを目的とする規定であること、
A三権の最高機関の行為はほとんどすべて高度の政治性を有するものであり、高度の政治性を有する故に憲法に違反しても効力を保持することになると、憲法81条1項は形式化し、最も重要な国家行為がすべて有効として取扱われるという結果になること、
B裁判所が、憲法81条によるある国家行為の違憲性を決定すると、その行為は効力を有しないこととなり、せっかく他の機関が政治的決定として行った行為が水泡に帰するという結果が招来されることは事実であるが、しかし、このことは、裁判所が直接に他の機関の政治的決定を動かしたのではなく、裁判所がその行為の違憲性を決定したことを一つの法律事実として憲法が直接定めた法上の効果であること、
C他の機関の政治的決定は憲法に基づいてのみなされうるのであり、裁判所がこれにタッチするのは、それが憲法に適合するかどうかの法律問題であって、裁判所がその行為のもつ政治的意味を無視することにはならないこと、
等を述べたのち、「それらの国家行為が如何に政治性を有するものであっても、それが憲法自身によって除外されていない限り、その憲法に適合するかどうかの決定が必要であり、そしてそれは裁判所によってなされるのである。」としている。


(3)日本における判例の流れ

 日本の最高裁判所の多数意見は、これまで「統治行為」なる用語を用いたことはなく、明示的に統治行為論を認めたことはない。
 *少数意見では、砂川判決で、藤田・入江補足意見がこの言葉を肯定的に用いている。

@砂川事件(最大判昭和34年12月16日)
 本件安保条約は、「主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重要な関係を持つ高度に政治性を有するものというべきであって」、その条約の「違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、したがって、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査の範囲外でのもの」であるとした。

:この判決は、「一見極めて明白に違憲無効」と認められる場合には、条約といえども審査できるという除外例を認めていた。このために、この判決は、「条約締結行為の自由裁量性」(尾吹善人)を認めたものか、あるいは、「統治行為論を原則的に承認」(金子宏)したものか、解釈に争いがある。

:しかし、いわば「例外つきの変形的統治行為論」(樋口陽一)ともいうべきおの「砂川型統治行為論」は、わが国の以後の判決には多いな影響を与えている。

・長沼事件札幌高裁判決(昭和51年8月5日)
・百里基地訴訟水戸地裁判決(昭和52年2月17日)
・新島ミサイル試射場入会権確認訴訟東京高裁判決(昭和53年3月22日)


A苫米地事件(最高裁昭和35年6月8日)
 「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟」であっても、「裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に託され、最終的には国民の政治的判断に委ねられている」と判示し、学説の言う統治行為の存在を真正面から是認している。そして、このように「司法権の本質に内在する制約」として、内在的制約説をとり、それは、三権分立に由来するとし、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続き上の制約等にかんがみて、特定の明文規定のないにも拘わらず、認められるとしたのである。

:この判決を、先例として引用するのは、

・平和条約の合憲性を認める東京高裁判決(昭和49年9月1日)
・郵便貯金目減り訴訟大阪高裁判決(昭和54年2月26日)

・板付飛行場土地明渡し請求訴訟福岡高裁判決(昭和35年3月5日)
・米軍横田基地公害訴訟東京地裁八王子支部判決(昭和56年7月13日)


この他に、従来、統治行為論関係の判例としてあげられるものに

・参議院で行われた会期延長の議決は無効であるとして、警察法の改正の無効を争った事件(最大判昭和37年3月7日)
・参議院議員定数不均衡について公職選挙法の違憲性を争った事件(最大判昭和39年2月5日)

:しかし、前者は、議院の内部自律権の問題と解すべきであり、後者は、立法裁量の問題と考えられる。(横田耕一)


まとめ

 統治行為論においては、それを認めるか、認めるとしてその根拠は何か、及び、これを認めた場合の統治行為の範囲がそれぞれ問題となる。
 思うに、統治行為論の存在を肯定する説を正当と考える。もとより統治行為論は大害を避けるために小害を甘受するという自制の法理に基礎付けられているが、法理論としては、民主制の原理に内在する除外事由として、憲法上認められると解する。
 否定説は、徹底した法治主義を採用し、かつ、明文を欠く現行憲法の解釈としては、容認されないとする。
 しかし、統治行為は、法律問題であると同時に重大な政治問題であるので、民主制の原理からすれば、民主的基盤の弱い裁判所が法律的見地のみから判断するのは正当ではなく、事柄の性質上、内閣または国会の権限に留保され主権者たる国民の監視下に解決されるのが正当であると考える。


2004.7.18 upload / 7.24 update

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