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T10 『私法関係と基本的人権』―三菱樹脂事件

最高裁昭和48年12月12日大法廷判決
(昭和43年(オ)第932号 労働契約関係存在確認請求事件)
(民集27巻11号1536頁、判時724号18頁)


平成11年7月14日(水) H 


[事実の概要]

 原告Tは東北大学法学部卒業後の昭和38年3月28日、被告(上告人)三菱樹脂株式会社に管理職要員たるべく3ヶ月の《試用期間》を設けて雇用されたが、前年9月に会社から交付を受けた身上書中「学校又は自治会、運動文化部等学内諸団体委員、部員の経験」欄等への虚偽の申告、また面接等における虚偽の回答を理由に、昭和38年6月28日の試用期間満了と共に本採用を拒否された。原告は在学中、大学当局の承認を得てない東北大学川内分校学生自治会に所属し、その中央委員の職にあり、各種の学生運動に参加し、また学外団体として生協の理事に選任され昭和34年7月から同38年6月まで在任しかつその組織部長の要職にあった、という事実が会社の調査によって判明したためで、かかる虚偽の申告は会社の信頼を著しく裏切るものであり会社の管理職要員として不適格というべきである、というのである。そこで原告は、昭和38年9月、東京地裁に「地位保全」の仮処分を申請、翌年4月全面勝訴した。しかし、会社側が職場復帰を認めなかったため40年6月、改めて同地裁に「労働契約関係の存在確認」を求めて起こした。


 第一審の東京地裁は、身上書記載や面接試験における回答が事実に相違しその間に格別の悪意が介在する旨の被告の主張は理由がなく管理職に不適格との判断は主観の域を出ず、本件《採用拒否》は解雇権の濫用である、として原告の請求を認めた(昭和42.7.17)


 第二審の東京高裁は、原告の秘匿し、虚偽の申告をした事実は、原告の政治思想・信条に関する事実であり、通常の商事会社では特定の思想・信条のゆえに直ちに事業遂行に支障をきたすとは考えられず、入社試験に際して前記のごとき事項を申告させることは、公序良俗に反して許されず、本件解雇は労基法第3条に違反し無効である、として被告の控訴を棄却した(昭和43.6.12)。そこで被告がさらに上告。

 なお最高裁の本判決による破棄差戻後、本件は昭和51年3月11日、和解が成立した。和解条項はTの本採用拒否の撤回と職場復帰のほか、@会社復帰時の職務は主事とし、給与は大学卒業同時入社社員に準じて扱う、A解決金、慰謝料など和解金1500万円を支払う、B会社は職場復帰後労基法などを遵守してTに対する不利益待遇を行わないなどである。


[判決理由]

 憲法は思想・信条の自由は法の下の平等を保護すると同時に、他方22条、29条等において財産権の行使・営業その他広く営業活動の自由をも基本的人権として保障している。それ故企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の影響のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるかいかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想・信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それが当然に違法とすることはできない。したがって企業者が労働者の採否決定にあたり、労働者の思想・信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項について申告を求めることも違法ではない。


[学説]

・無効力説
 憲法の保障する人権は国家に対する公権であり、憲法上特別な規定がない限り、その効力は私人間には及ばない。
 [理由]
 私人が自由意思によってお互いの自由を制限してもそれは不当なことではなく、もしその制限が違法な限度に達した時には、通常の法律によって救済すればよい。

・直接効力説
 基本的人権の保障の効力は、私人に対しても直接主張し得る。
 [理由]
 最高の支配権の主体である国といえども、人権を侵害してはならないということであれば、もちろん民間の関係でも各人は他人の人権を侵害してはならないはずである。

・間接効力説(通説・判例)
 基本的人権の保障規定は直接には対公権力との関係のものであるが、私人間の人権侵害を排除する必要かつ十分な立法措置が一般に期待できない以上、私法の一般条項等を通じて排除されるべきである。
 [理由]
 直接効力説を認めると、私的自治の原則が害され、「国家からの自由」という人権の本質的指標を弱め、場合によっては変質せしめる結果を招くおそれがある。

・国家同視説
 私人の行為が国家の行う統治機能と本質的に異ならない場合には、国家行為と同視してそれに憲法を適用するというアメリカの判例理論をいう。
 [理由]
 国家が私人に対して、何らかの特権又は権限を付与していたり、国家から財政的に何らかの援助を受けている場合、これらの私人はもはや純然たる私人とは言い難く、このような場合にはこれらの私的自治を保障すべき理由を見出し難いからである。


[私見]

 そもそも一般企業については採用の自由が認められている。しかし、事業遂行に支障をきたす場合は別として、単なる思想・信条を理由に採用を拒否することは公序良俗に反し又は権利濫用に該当し許されず、それ故、応募者がこれを秘匿しても不利益を課し得ないものと解すべきである。
 けだし、思想・信条を沈黙する自由は、憲法が予定する民主社会における個人の精神的自由と尊厳を守る最低限の根本保障であり、また、資本主義の高度な発達に伴い、巨大組織、労働組合、政党、マスメディア、などの法的には「私人」と位置付けられる大組織によって個人の人格が脅かされるという今日の状況を看過すべきでないからである。


2004.7.18 upload / 7.21 update

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