T24 車内広告放送と「とらわれの聴衆」
最高裁昭和63年12月20日第3小法廷判決
(昭和58年(オ)第1022号商業宣伝放送差止等請求事件)
(判時1302号94頁、判タ687号74頁)
1998.12.2 M
【事実の概要】
大阪市交通局は、市営地下鉄の運行に際し車掌が行う業務上の車内放送について、輸送人員の増加に伴う列車の安全運行管理の要請、放送者の個人差による聴きとりにくさの解消のために、車内放送の自動化を計画した。そして、車内放送の自動化の費用をまかない、赤字経営の改善を図る目的で業務放送とあわせて商業宣伝放送(当初は全国規模の大手企業の、後に各駅地元企業の宣伝放送)を行った。
Xは通勤のために地下鉄御堂筋線を利用するものであったが、乗客に商業宣伝放送の聴取を事実上強制することは、@思考・感覚などの精神活動領域の自立性を阻害する人格権侵害(不法行為)にあたり、A旅客運送契約に含まれる快適運送義務にも反する(債務不履行)として、大阪市を相手取り、商業宣伝放送差止と慰謝料の支払を求めて出訴した。
第一審 棄却
@について、「我々は日常生活において、見たくない物を見ない、聞きたくない音を聞かないといった類の自由を本来有しているが、それも程度の問題であって、本件放送の違法性の有無を判断するのは、本件放送のなされるに至った事情、その態様、そのもたらす結果などを総合的に勘案してこれを決するほかない。」
Aについて、「本件放送に違法性がなく、本件放送をしないことが運送契約の内容になっているとする証拠もない。」
第二審 棄却
@について、第一審と同様の理由付けで違法性を否定。
Aについて、運送契約に一定限度の「快適さ」が当然の前提となっている事は認めたものの、本件放送は、一定限度の「快適さ」を害する結果をもたらしてはいないとした。
【判旨】 上告棄却
「原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人の運行知る大阪市営高速鉄道(地下鉄)の列車内における本件宣伝放送を違法ということはできず、被上告人が不法行為及び債務不履行の各責任を負わないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。」とした。
◎伊藤正己裁判官の補足意見
「聞きたくない音を聴かされることは心の平穏の侵害、すなわち広い意味でのプライバシーの侵害となりうる。この自己の欲しない刺激によって心の静穏を害されない利益は、憲法13条の幸福追求権に含まれると解することもできないものではないが、これを精神的自由権の一つとして憲法条優越的地位を有するものとすることは適法でなく、よって違法性の判断は、侵害行為の態様との相互関係においてなされなければならない。通常、公共の場所ではプライバシーの利益は強い制約を受ける。しかし、車内放送は必然的に耳に入るので、この場合乗客はいわゆる「とらわれの聞き手」である。・・・上告人が「とらわれの聞き手」である事、さらに本件地下鉄が地方公共企業であることを考慮に入れても、なお本件程度の内容の商業宣伝放送であれば、上告人にとって受忍の範囲をこえたプライバシーの侵害であるということはできない。」
【判例】
小田急事件 最高裁昭和63年12月15日第一小法廷判決
Xは、小田急電鉄を利用して通勤しているものであったが、小田急電鉄はその列車内、プラットホームで自己の経営する遊園地などの商業宣伝放送をおこなっていた。Xは運送契約の債務不履行、聞きたくもないものを無理やり聞かされない人格権の侵害などを理由に放送の差止と損害賠償を請求。
判旨
債務不履行については、法令上からも快適輸送義務を運送契約の内容とすることはできないとし否定した。人格権の侵害については「絶対不可侵のものではなく、時、場所、聞かされる音の内容、程度によって、ある程度制限を受けることもやむを得ないが、本件放送は違法性を認めることはできない。」
市の設置した放送塔からの抗告放送の差止を請求した件 水戸地裁昭和60年12月27日判決
画家であるAは、市が設置した放送塔から1日5回、5分以内の各種放送によって聴覚を不当に拘束され、精神的自由、静穏なる生活環境を侵害されているとして市を訴えた事例。
判旨
Yの放送の音量、頻度、時間帯の諸事実に鑑みれば、右放送による騒音は、地位住民が社会生活一般に受忍すべき程度を超えないものといえる。
【私見】
「聞きたくない音を聞かされない自由」は、個人の支配領域内(住宅への音の侵入等)においては、ほぼ完全な形で認める事ができるであろうが、その支配領域内を一歩出れば、他の者の自由との関係でその自由が減少、消滅する事になる。問題なのは、本件のように「とらわれの聴衆」となった場合であるが、放送の事情・態様・その結果の総合判断をしたうえで、業務案内放送に付随したかたちでの商業放送は許されるべきであると考える。