『予防接種事故と補償請求』
東京地裁昭和59年5月18日判決
(昭和47年(ワ)第2270号 損害賠償請求事件)
(判時1118号28頁、判タ527号165頁)
平成13年1月24日 T
【事実の概要】
本件は、予防接種法(昭和51年改正前)による、あるいは地方公共団体が勧奨した予防接種を受けた結果、その副作用(副反応)で死亡ないし後遺障害を残すに至った被害児童及びその親ら計160名が、国に対し集団的に国家賠償を求め、これと併せて憲法29条3項に基づき損失補償を請求したという事案である。
本判決は、児童2名については接種した医師に過量接種等の過失があったとして国の賠償責任を認めたが、その余についてはこれを否定し、ついて損失補償責任について検討した結果、つぎのようにこれを是認した。
【判旨】
「予防接種は・・・ごく稀にではあるが不可避的に死亡その他重篤な副反応を生ずることがあることが統計的に明らかにされている。しかし・・・一定の場合には、これを受けることを強制し、予防接種を義務づけているのである。また、いわゆる勧奨接種についても・・・いわば心理的な社会的に強制された状況の下で・・・接種を受けているのである。・・・このようにして、一般社会を伝染病から集団的に防衛するためになされた予防接種により、その生命、身体について特別の犠牲を強いられた各被害児童及びその親に対し、右犠牲による損失を、これら個人の者のみの負担に帰せしめてしまうことは・・・憲法13条・・・同14条1項、さらには・・・同25条のそれらの法の精神に反するということができ、そのような事態を等閑視することは到底許されるものではなく、かかる損失は、本件各被害児らの特別の犠牲によって、一方では利益を受けている国民全体、すなわちそれを代表する被告国が負担すべきものと解するのが相当である。」
「更に・・・財産権の制限が・・・特定の個人に対し、特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には、これについて損失補償を認めた規定がなくても、直接憲法29条3項を根拠として補償請求をすることができないわけではない。」
「そして、右憲法13条後段、25条1項の規定の趣旨に照らせば、財産上特別の犠牲が課せられた場合と生命、身体に対し特別の犠牲が課せられた場合とで、後者の方が不利に扱うことが許されるとする合理的理由は全くない。」
「従って、生命、身体に対して特別の犠牲が課せられた場合においても、右憲法29条3項を類推適用し、かかる犠牲を強いられた者は、直接憲法29条3項に基づき、被告国に対し正当な補償を請求することができると解するのが相当である。」
「そして・・・正当な補償を請求できると解する以上、救済制度による補償額が正当な補償額に達しない限り、その差額についてなお補償請求なしうるのは当然のことであると解される。」
【学説】
(1)損害賠償説
生命・身体に対する侵害は違法行為であるとして、予防接種被害を不法行為の範疇に位置づけ、過失概念の拡張、過失の推定、さらに危険責任としての無過失責任を主張する。
(2)損失補償説
予防接種の実施が伝染病からの集団防衛という社会全体の利益のために行われ、その結果として一部の者に不可避的に被害が及ぶことから、適法行為による特別の犠牲に対する補償として構成する。
(3)結果責任説
国家補償の谷間にある特殊な第三類型として、純粋に結果に対して負うべきである。
(4)公法上の危険責任説
国が予防接種の強制または勧奨により特別な危険状態を形成したことにより、そこから生じた意図せざる結果に対しての補償を認める。
【類似判例】
予防接種ワクチン禍事件控訴審判決(東京高判平成4・12・18)
予防接種被害は生命・健康という法によっても侵害することが許されない法益の侵害にかかわるものであるから、財産権に対する適法な侵害に関する補償を定めた29条3項を根拠に損失補償請求を導き出すことはできないし、憲法13条・14条1項・25条などから損失補償請求権を根拠づけることもできない。
【私見】
予防接種事件に対しては、損害賠償説、損失補償説のいずれかが妥当だと考えるが、損失補償説は憲法29条3項の類推解釈の妥当性という点において多くの疑問が残るので、結局のところ、損害賠償説の過失責任的枠組みから被害者救済を図るという立場が、最善の解決方法と考える。