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48 内閣総理大臣の靖国神社公式参拝

最高裁平成4年7月30日判決
(平成元年〔ネ〕第2352号損害賠償請求控訴事件)
(判時1434号38頁、判タ789号94頁)


9月27日  J  

【事実の概要】

 1985年8月15日、中曽根首相は公用車で靖国神社に赴き、拝殿において「内閣総理大臣中曽根康弘」と記帳し、ひき続き本殿に至り、内陣に向かって黙祷の上、深く一礼をしていわゆる公式参拝を行った。その際、供花の代金として公費から3万円が支出された。

 これに対して、原告ら遺族は、本件公式参拝は、憲法の定める政教分離原則や信教の自由の保障、平和原則等に違反しており、これによって原告らの信教の自由(間接的に圧迫されない権利を含む)、宗教的人格権、宗教的プライバシー権、平和的生存権等が侵害され、精神的苦痛を受けたとして、国賠訴訟及び中曽根個人を被告とする損害賠償訴訟を提起した事件。


【第一審・大阪地判平成元年11月9日】

 @信教の自由侵害があったというためには、宗教上の強制や不利益な取扱が必要である、A宗教的人格権等は権利保護に値しない、B不快感、焦燥感ないし憤りといった感情は法律上救済すべき損害に当たらないとして、請求を退けた。
 原告等は判決の取消を求めて控訴。


【判旨】

 @本件公式参拝は、その法式や目的等を考えれば、憲法20条3項、89条に違反しないと解する余地もないわけではない。
 しかし、宗教施設を有する靖国神社の本殿や社殿において参拝する行為は、戦没者の霊を慰めることが主目的であっても、外形的・客観的に宗教的活動であるとの性格を否定することはできないことも、政府も、靖国懇報告が出されるまでは違憲ではないかとの疑いを否定できたいとする見解をとっていたこと、当時も現在も公式参拝を是認する国民的合意は得られていないこと、内閣総理大臣や国務大臣が公式参拝した場合の内外に及ぼす影響は、極めて大きいこと、現に国内で多くの団体から抗議の声明等が寄せられ、外国からも、中国を始めとして反発と疑念が表明されたこと、将来も継続することを予定して行われたもので一回限りの葬儀出席の場合のように、単に儀礼的、習俗的なものとして行われたものとはいい難いことからすれば、本件公式参拝は、憲法に違反するとまでは断定でいないが、憲法20条3項所定の宗教的活動に該当する疑いが強く、公費支出は20条3項、89条に違反する疑いがあるというべきである。

 A仮に本件公式参拝が、憲法の前記各規定に違反するとしても、控訴人らは、法律上、保護された具体的な権利ないし法益の侵害を受けたことはないし、また、慰謝料をもって救済すべき損害を被ったこともない。信教の自由を間接的にも圧迫されない権利を侵害されたとか、違法性が強度であるから、権利・利益が多少弱いものでもよい等の主張はすべて採用できない。として、原告らの控訴を棄却した。


【争点】

 @靖国神社への公式参拝は政教分離原則に違反するか。
 A宗教的人格権、宗教的プライバシー権等は、国家賠償法上の保護に値する権利・利益か。また、信教の自由には間接的侵害を排除する権利も含まれるか。


【類似判例】

*津地鎮祭訴訟 最大判昭和52年7月13日 45事件
 ――三重県津市が市体育館の建設にあたって神道の神官の主宰の下で神道式地鎮祭を挙行したことが政教分離違反ではないかどうかが争われた事件。
 最高裁は、国家と宗教との完全な分離は現代ではおよそ不可能であり、国家と宗教とのかかわり合いを前提としてそのかかわり合いをもたらす行為の目的および効果にかんがみ、相当とされる限度を超えるものが政教分離違反になる(目的効果基準)として、政教分離違反ではないと判示。

*山口自衛官合祀訴訟 最大判昭和63年6月1日 46事件
 ――自衛隊の退職者等からなる社団法人隊友会山口県支部連合会と自衛隊山口県地方連絡部が共同して、殉職した自衛官を山口県護国神社へ合祀申請した行為に対して、殉職自衛官の妻が宗教的人格権を侵害されたとして、損害賠償等を請求した事件。

*岩手玉串料訴訟 仙台高判平成3年1月10日 47事件
 ――第一審・合憲、控訴審・違憲の判決
 天皇・首相の公式参拝を端的に「憲法20条3項が禁止する違憲な行為」と断じて注目された。

*福岡訴訟 福岡高判平成4年2月28日判決
 ――「公式参拝が制度的に継続して行われるかは疑問」として、場合によっては違憲となる可能性を示唆。
 政教分離規定を「制度的保障の規定」などと容易に性格づけることをしないで、「国家と宗教との結合を禁止する法原則」と述べた。

*播磨訴訟 大阪高判平成5年3月18日


【私見】

 内閣総理大臣が公式でまた、公費を出して戦前は国家神道・軍国主義の中心的施設であった、戦後は一つの宗教団体というようになった靖国神社を参拝するということは、目的効果基準で考えるとするとその効果や少しいき過ぎたかかわり合いの点で、違憲と解されても、仕方がないように考える。
 しかし、もし例えば官僚が私的にこのような靖国神社のような施設に参拝するということは、その個人がどのような任務・職業についていようと信教の自由という点で構わないと考える。


2004.7.22 upload / 7.27 update

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