『私法関係と基本的人権』―三菱樹脂事件
最高裁昭和48年12月12日大法廷判決
(昭和43年(オ)第932号 労働契約関係存在確認請求事件)
(民集27巻11号1536頁、判時724号18頁)
平成12年7月12日(水) T
【事実の概要】
大学卒業後、在学中の学生運動歴を隠していた原告が、試用期間中にそのことが会社側に知れ、本採用拒否となった事件。
【論点】
憲法14条や19条の規定は、直接私人相互間の関係に適用されるか。
【原判決】
企業者が労働者を雇用する場合のように、一方が他方より優越する地位にある場合には、その一方が他方の有する憲法19条の保障する思想・信条の自由をその意に反してみだりに侵すことは許されず、また、通常の会社においては、労働者の思想、信条のいかんによって事業に遂行に支障をきたすとは考えられないから、これによって雇用関係上差別することは憲法14条、労働基準法3条に違反するものであり、政治的思想、信条に関係ある事項を申告することは、公序良俗に違反する。
【最高裁判旨】
企業者が労働者を雇い入れるにつき過去の学生運動参加の有無等を調査し、将来の行動を[予測]し採否を決めることは、労働者の「政治思想、信条に全く関係ないものということはできない」。しかし、憲法19・14条は、「その他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものでない」。私人間に社会的支配と服従関係があっても、どのような場合「国または、公共団体の支配と同視すべきかの判定は困難であり」、社会的事実としての力の優劣にすぎず、「画然たる性質上の区別」があり、人権規定は直接適用されない。しかし、私人間の基本的自由や平等の侵害やそのおそれの態様、程度が社会的に許容しうる程度を超えるときは、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適正な運用によって、一面では私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適正な調整を図る方途も存する。
憲法は、思想・信条の自由、法の下の平等と同時に、「22条、29条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している」。企業者は、経済活動の一環として契約締結の自由を有し、営業のためいかなる条件で雇うかにつき原則として自由であり、「企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも」当然に違法ではない。したがって企業者が「労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求められることも」違法でない。
【類似判例】
昭和女子事件(最判昭49.7.19)
《事件》
学外の政治活動に参加したことが、学生手帳に記載されている「生活要録」に反するとして退学になった生徒が、当該「生活要録」を違憲として争った事件。
《判決要旨》
実社会の政治活動を理由として退学処分を行うことが、直ちに学生の学問の自由および教育を受ける権利を侵害し、公序良俗に違反するものでない。
日産自動車事件(最判昭56.3.24)
《事件》
定年年齢が男子55歳、女子50歳という差を設けた就業規則に基づき退職を命じられた女子社員が、就業規則の合理性を争った事件。
《判決要旨》
女子従業員各人の能力などの評価を離れて、女子全体の会社に対する貢献度の上がらない従業員とは断定しえない。60歳前後までは、男女とも通常の職務であれば企業経営上要求される職務遂行能力に欠けるところはないなどを理由として、定年について男女を差別する合理的な理由はないとして原審の判断は正当である。したがって、就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、もっぱら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するのであって、これは性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効である。
【私見】
直接適用か間接適用かということは、あまり大差ないと考え、理論構成上の解釈技術の問題としていいと考えるが、もしどちらかの説の見解を採るならば、間接適用説で民法90条の公序良俗規定のような私法の一般条項を媒介にして、憲法の人権規定を間接的に適用するべきであると考える。