第四章 諸外国の上訴制度の検討  

第一節 諸外国の制度を検討する意義
我が国の民事上訴制度において第一章で紹介した「民事上告事件特例法」の一時期を除いては上告制限といえるほどの上告制限は行われてこなかった。しかし、諸外国では様々な上訴制度が試みられておりそれはまた様々な上訴制限の歴史でもあった。
 以上のことから、我が国の上告制限を理解する際、諸外国の制度をみることには意義があり上告制限だけに限らず上訴制限全般と比較して検討していくことにする。

(1)ドイツ
1877年のドイツ民事訴訟法は、控訴、上告、抗告の三種・三審制の上訴制度を採用した。このうち、第一審判決に対する控訴は無条件で許可されたが、第二審判決に対する上告は1500マルクの上告金額による制限に服していた(註1)。上告に金額による制限が設けられたのは、巨大な分量の民事事件がただ一個の帝国最高裁判所に集中し、その本来の任務の遂行が妨げられることを予想したからである(註2)。金額による上訴制限制度は、1877年のドイツ民事訴訟法制定当時、控訴についてもかなり広く採用されたといわれるが(註3)、訴訟対象が金銭に評価し得ないものについては例外を認めざるを得ないこと、上訴制度が複雑になるおそれがあること(註4)、控訴金額の算定をめぐる問題が生ずることなどを考慮して、その採用が見送られた(註5)。この要件の撤廃によって、控訴事件が急増するのではないかとの危惧に対しては、弁護士強制の規定、費用の考慮、仮執行先現制度等が、抑制的に作用することが期待されていた(註6)。金額による控訴制限制度がドイツで採用されたのは1915年の裁判所負担軽減令によってであり(50マルク)、第一次世界大戦の勃発とともに、多数の裁判官が戦地に赴いたため、過重になった残存裁判官の負担を軽減する必要に迫られたからである(註7)。その後、金額による控訴制限は、1924年改正によって、恒久的制度としてドイツ民事訴訟法中に規定されることとなった(註8)。現在、控訴金額は1500マルク、上告金額は6万マルクである(註9)。
非財産権上の請求については上告金額による上告制限は行われないが、既に戦前から、「激増する婚姻事件と救貧法事件の上告を制限するため(註10)」、控訴審裁判所が上告を許可した場合にのみ上告を認める許可上告制度が採用されていた(註11)。この許可上告制度は1950年の統一回復法によって財産権上の請求にも拡大された(註12)。その結果、上告金額を超えない財産権上の請求についても、控訴審裁判所が上告を許可すれば、上告が可能となった(註13)。上告裁判所は、上級地方裁判所の上告許可に拘束される。
上告金額を超える財産権上の請求については無制限の権利上告が許されていたが、1975年改正によって、上告裁判所による上告受理拒否の制度が導入された(註14)。これは、上告金額が6万マルク(1975年当時は、上告金額は4万マルクであった)を超える財産権上の請求について上告が申立てられても、その事件が原則的重要性をもたない場合には、三分の二の多数決によって、上告の受理を拒否できるとしたものである(註15)。

(2)フランス(註16)
フランスでは、通常事件につき、訴額1万フラン以下の事件は小審裁判所が、訴額がこれを超える事件は大審裁判所が第一審管轄権を有する。訴額が3500フラン以下の事件には、控訴は許されない。控訴はすべて控訴院が管轄するが、それが手続引き延ばしのため等、濫用的なものであるときは、控訴院は100フランから1万フランの過料及び損害賠償の支払いを命ずることができる。なお、控訴審での新たな攻撃防御方法の提出は妨げられない。破毀院への破毀申立ては例外的不服申立てであり、その意味で、フランスでは三審制ではなく二審制が採用されている。なお、この破毀申立てが申立人敗訴に終わり、その申立が濫用と判断される場合、2万フランを超えない民事罰及び相手方への損害賠償の支払いを命ずることができるとされている。

(3)イギリス(註17)
イギリスにおける民事第一審裁判所は高等法院と県裁判所であり、前者が一般的管轄権を、後者が一定額以下の訴額の事件、及び特定の事件につき管轄権を有する。県裁判所の判決に対する控訴院への上訴は法律問題に限られ、しかも、契約訴訟及び不法行為訴訟については訴額が20ポンド以下の事件については県裁判所の許可がある場合に限られる。高等法院の裁判に対する控訴院への上訴には特別の制限はないようである。控訴院の判決に対する貴族院への上訴は常に許可制である。許可はまず控訴院に口頭で申立て、控訴院は通常即座に決定を下す。控訴院において上訴の許可が得られなかったときは、さらに貴族院に請願書を提出して上訴の許可を求めることができる。上訴の許可は、当該事件が社会的に相当重要な法理問題を含む場合に与えられる。



(註1)桜井孝一「上訴制限」新堂幸司編『講座民事訴訟(7)』93頁 (弘文堂、1985年)、上野泰男「上訴制限について」関大法学43巻1,2号767頁(1993年)。
(註2)菊井維大「上訴金額管見」中村宗雄先生古稀祝賀記念論文集刊行会編・民事訴訟の法理433頁(敬文堂出版部、1965年)。
(註3)桜井・前掲注(1)93頁。
(註4)これは、控訴金額又は不服金額による控訴制限を行っていたところでは、この要件の故に控訴を申し立てることができなくなる第一審判決に対し、なんらかの上訴を認めることが多かったからで、例えば、1854年3月20日のプロイセン訴訟法5条乃至12条には、訴願が規定されていたようである。
(註5)上野・前掲注(1)768頁。
(註6)上野・前掲注(1)769頁。
(註7)菊井維大『上訴の制限』法協50巻7号1299頁(1932年)。
(註8)菊井・前掲注(7)1299頁。
(註9)上告は上級地方裁判所がなした控訴審判決に対してのみ申立てることができる。上級裁判所は、現在、訴額1万マルクまでの事件につき管轄権を有し、上級裁判所がなした第一審判決に対する控訴は司法裁判所が管轄するから、上級裁判所事件については一切上告ができない。なお、1993年3月1日から施行される司法負担軽減法による改正により、控訴金額は1200マルクから1500マルクに、上級裁判所の事物管轄は6000マルクまでの事件から1万マルクまでの事件に、それぞれ改正されている。
(註10)小室直人「西ドイツ民事上告法の基本改正」ジュリスト646号138頁(1977年)。
(註11)桜井・前掲注(1)94頁。
(註12)桜井・前掲注(1)93頁。
(註13)小室・前掲注(10)138頁。
(註14)この改正については、小室・前掲注(10)138頁が詳細である。それによれば、この改正は、いっこうに沈静化しない上告事件増加の傾向に対処するためのものであったようである。
(註15)小室・前掲注(10)138頁。
(註16)桜井・前掲注(1)96頁以下。
(註17)桜井・前掲注(1)103頁以下 。

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