第一章 我が国の上告制限の検討  

第一節 民事訴訟法改正の背景

前回の新民事訴訟法(1996年6月26日公布、1998年1月1日施行)による上訴制度関係の改正の主たる対象は、「最高裁判所」に対する上訴制度である。以前より民事・行政事件の受件数は3000件を超えており、平成6年以降に関しては4000件以上もあった。これだけの件数を15人の裁判官で処理するのは最高裁判所の負担過重であることは容易に想像がついていた。このように、民事・行政訴訟の上告事件の増加により、最高裁判所が、その本来担っている憲法判断や法令解釈の統一という重大な責務を迅速に果たすことが困難になっているうえ、今回の改正により民事訴訟が国民に利用しやすいものになると、訴訟の一層の増加が見込まれるため、この重大な責務を十分に果たしうるよう、適正な範囲で上告制限の措置をとることが必要な状況にあった。また抗告については、決定事件の中にも重要なものが増えているとともに、重要な法律問題についても高等裁判所の判断が分かれ、法令解釈の統一を図る必要があった(註1)。このような二つの問題点を解決するために前回の民事訴訟法改正の中に上訴制度の早急な改革が必要であった。

第二節 我が国における上訴制度の沿革

我が国の上訴制度を検討する際、上訴制度の歴史的な沿革をみることは大変重要なことだと思われる。この沿革の中には、立法過程において、三審制の趣旨であったり上訴制度の目的が議論され、制度の中にその答えが反映しているからである。
以下大審院の創設に始まり上訴制度を中心としたさまざまな立法過程や、法改正などを中心に検討していくことにする。特に1954年の裁判所法と民事訴訟法の改正や、1996年の民事訴訟法改正における上訴制度改革は今回のテーマに直接影響を及ぼすように思われるので詳しくみていくことにする。特に1996年の現行民事訴訟法制定過程については次の第三節で紹介する。

(1)1875年(明治8年)大審院創設
日本のおいて上訴制度として、明確なかたちで三審制の制度及び手続が定められたのは1875年(明治8年)の大審院の創設によるとされている(註2)。大審院のほか、第二審裁判所として上等裁判所(註3)が、第一審裁判所として府県裁判所がおかれた。同年の「控訴上告手続」によれば控訴審は覆審制とされており、上告審は法律審とされていたが、民事上訴については特に制限はなかった(註4)。特に大審院は、大審院諸裁判所職制章程過程において「民事刑事ノ上告ヲ受ケ上等裁判所以下ノ審判ノ不法ナル者ヲ破棄シテ全国法権ノ統一ヲ主持スルノ所トス(註5)」(同大審院章程1条)とされており、「できるだけ多くの事件を最上級審に集中させるような審級制度」が構想されていた(註6)。
なお、濫上告対策として、上告人は上告状に添えて金10円を大審院に預けおくことが要求されており、上告が認められないときはこれが没収されることになっていた(註7)。これは、間接的に上告を制限するものであるといえるが(註8)、この制度は約2週間で廃止されたようなので、現実には機能しなかったことになるであろう(註9)。

(2)1890年(明治23年)裁判所構成法・(旧)民事訴訟法の制定
その後、三審制は、1890年(明治23年)裁判所構成法、(旧)民事訴訟法によって完成をみた(註10)。裁判所は、区裁判所、地方裁判所、控訴院、大審院の4種のものが設置された。区裁判所は民事につき訴額100円以下の事件、経界確定訴訟、占有訴訟等について管轄権をもち、その判決に対しては地方裁判所に控訴することができた(註11)。地方裁判所は第一審の合議裁判所で、原則的に第一審裁判所とされ区裁判所及び控訴院の管轄外の一審事件につき管轄権を有した(註12)。控訴院は第二の合議裁判所とされ、区裁事件の上告、地裁事件の控訴につき管轄権を有した(註13)。大審院は最高裁判所で地裁事件の上告につき管轄権を有し、原則として7人の合議制であった(註14)。
ここでも上訴制限は特になく、「全く制約のない日本的三審制度」が完成したと評されている(註15)。

(3)1913年(大正2年)裁判所構成法の改正
この改正で最も注目すべきことは、区裁事件の上告が従来の控訴院から大審院の管轄に改められたことである(註16)。これは法令解釈の統一を期すための改正であったが(註17)、これによって、「完全三審制度の図式はここにこれ以上整合的なものはない形で形式的にも完成」することとなった(註18)。同時に大審院の負担増加が予想されたので(註19) 、大審院の合議体の構成員が、従来の7人から5人に減じられた(註20)。

(4)1926年(大正15年)民事訴訟法改正
従来の上訴制度に基本的な改正はなかったが、上告手続につき上告理由書提出強制の制度(旧民訴398条・399条)と書面審理による上告棄却制度(旧民訴410条)が導入された。この改正は「間接且つ微少にせよ、理由に乏しい上告を抑制する役に立った」と評価されている(註21)。
またこの改正に際して、控訴金額による控訴制限案が提出された。すなわち、民事訴訟法中改正法律案339条は、「財産上ノ請求ニ関スル判決ニ対シテハ控訴ニ因リテ受クベキ利益ノ価額カ三百円ニ満タサル場合ニ於テハ再審ノ事由アルニ非サレハ控訴ヲ為スコトヲ得ス」と規定していた(註22)。この法律案はまず貴族院において審議され、在野法曹の強い反対を考慮して、金額を300円から200円に減額したが、その後帝国議会における衆議院の修正により全面的に削除され、改正法においては控訴につき特にその制限はなされなかったものである(註23)。

(5)1942年/3年(昭和17年/8年)裁判所構成法戦時特例等
第二次世界大戦のもと、この戦時状態に対処するため戦時特別立法により民事事件に関する上訴についても大幅な制限がなされた。まずは、裁判所構成法戦時特例(昭和17年2月23日法律62号)は、特殊の民事事件につき控訴審を省略して二審制とし(同3条)、これらの事件について第一審が区裁判所である場合には上告を控訴院の管轄とし(同5条、なお6条)、民事につき再抗告を不許とした(同7条)(註24)。さらにその改正により(昭和18年10月31日法律105号)、区裁判所の事物管轄を民事につき訴額2000円以下の事件まで拡張し(改正2条)、民事・刑事の訴訟全般につき控訴審を省略し二審制をとり、その区裁判所の判決に対する上告は控訴院の管轄とし(改正5条)(註25)、また民事においても重大な事実誤認を理由として上告できるものとした(戦時民事特別法の改正―昭和18年法律106号による加入規定10条ノ2)。しかしこれは、第二次大戦における臨時措置であって、終戦後の特例は、他の戦時特別法とともに1945年(昭和20年)12月19日の法律第45号、46号によって、翌年1月1日から廃止された(註26)。

(6)1947年(昭和22年)民訴法応急措置法(註27)
戦後、明治憲法から日本国憲法へ、裁判所構成法から裁判所法へと移行され、それにともなって、裁判所の名称・組織に変更があり(註28)、現代の裁判組織の基礎となった。しかし民事訴訟法の上訴制度に関する改正はなく、また、日本の統治権が連合国最高司令官の制限のもとにおかれたものの、連合国が原則として日本政府を通じて管理する、いわゆる間接管理の方式を採用したため(註29)、民事上訴制度は旧に復して行われていた。ところが、最高裁判所の裁判官数が、重大な職責にかんがみ、識見の高い法律の素養ある者15人に限定された(註30)。これは大審院判事の人数は、1919年(大正8年)から1941年(昭和16年)までが47人、1942年(昭和17年)37人、1946年(昭和21年)31人であったということから最高裁が上告事件を処理しきれなくなることは、容易に予想されるところであった(註31)。事実、戦後民事事件が増加に転じたため(註32)、民訴法応急措置法は戦時特例で行われていたのと同様、民事・刑事とも、簡易裁判所を第一審とする訴訟事件についての上告を高等裁判所の管轄とし、判例の抵触をさけるために、一定の事由があるときは事件を最高裁判所に移送すべきものとした(註33)。また高等裁判所が上告審としてした判決に対しては、憲法違反を理由としてのみ、最高裁判所に特別上告できるものとし(民訴応急措置法4条・5条・6条)、また、不服申立てができない決定・命令に対しては、憲法違反を理由としてのみ、最高裁判所に特別抗告できるものとした(民訴応急措置法7条)。

(7)1950年(昭和25年)民事上告事件特例法(註34)
この間、刑事上訴手続については、日本国憲法に直接の規定が多く、早急に根本的改正をする必要があった(註35)ため制度改革がなされたが(註36)、民事訴訟についてはこのような憲法上の要請がなかったため、民事上訴制度につき特別の措置がとられなかった(註37)。ところが、その後、最高裁判所に対する上告事件が急増してきたため(註38)、民事訴訟法402条の特例として、上告理由の裁量調査制度が導入された。これによれば、最高裁判所は民事上告事件につき、民訴402条の規定にかかわらず、原判決の憲法違反及び判例抵触(最高裁判所の判例又は最高裁判所判例がない場合は、大審院又は上告裁判所である高等裁判所の判例との抵触)のほか、法令の解釈に関する重要な主張を含むと認められるものに基づいて調査をすればよいものとされ(註39)、いわゆる上告理由の裁量調査制を採用し、これは、刑事訴訟法が採用した裁量的な上告受理の制度を「違ったテクニック」によって達成しようとしたものである(註40)。その成果については評価がわかれている(註41)。
なお、民事上告事件特例法は1950年(昭和25年)6月1日から2年間の時限立法として成立し(註42)、この間、法制審議会民事訴訟法部会において民事訴訟法改正案の討議がなされたが成案を得られず、施行期間が2年間延長された(註43)。

(8)1954年(昭和29年)裁判所法・民事訴訟法の改正
この2年間の間に裁判所法と民事訴訟法の改正がなされた(註44)。またこの改正の際に議論にあがったのが最高裁の機構改革論である。よって以下この時代の最高裁の機構改革論を中心に検討していく。
最高裁の機構改革そして上訴制度改革(註45)について一つの発端となったのが、1953年1月の日弁連意見書であった。同意見書は、大法廷判事の減員(8名)と小法廷判事の増員(3人以上で構成する小法廷が10以上は必要とする)を主張しており、大法廷は憲法違反を理由とする上告事件および憲法違反と併せてその他の事由を上告理由とする事件を担当し、小法廷は、刑事部、民事部そして特別部に分けられるとする。 その翌年の9月、最高裁も最高裁判所機構改革について、@最高裁判所の審判範囲を憲法違反、判例抵触のほか、法令の解釈で最高裁判所が重要と認めたものとすること、A最高裁判所は全員の裁判官をもって構成すべきでありその員数は9名ないし11名に減員すること、B一般法令違反を審理するためには別に上告事件を取り扱う裁判機関を設けること、という意見を表明した。
さらに同年10月、違憲訴訟・上告制度に関する衆院法務委員会小委員会は最高裁判所の機構改革等に関する改正要綱試案を公表している。その主たる内容は次の通りである。@上告の範囲は、民事・刑事共に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背をも理由となしうること、A最高裁判所裁判官の増員数を15名とすること、B構成員を5名とする小法廷を6設け、その所管は一般法令違反とすること、C大法廷はひとつとし、その構成員を9名、そしてその所管は憲法違背とすること、D憲法判例並びに一般判例の変更は全員の連合審査に付することとし、違憲事件につき最高裁判所への移送(職権移送・命令移送)を認め、かつ、憲法解釈の点のみの移送をも認めること。
この三案に共通しているのは、広い意味での裁判官増員と最高裁大法廷の審査権の限定である。ただし、その内容は異なる。とりわけ、最高裁の見解と他の二案との違いは明らかである。最高裁意見は、上告の範囲を既述の特別法のレベルにしたうえで、最高裁裁判官の数を減員し、その代わりに上告を取り扱うための裁判所を最高裁とは別のものとして設置するという考えである。また、最高裁の裁判官の数そのものを縮小しようとするのは、「一の法廷を構成する裁判官の数としては、現行の15名はむしろ多きにすぎ、かえつて、事件の迅速な処理に支障をきたすこととなる(註46)」という認識からである。一方、他の二案は考え方として共通のものが多い。つまり、大法廷と小法廷の権限を区別して、前者は憲法違反、後者は一般上告事件という構成である。
その後1956年2月、上告制度に関する試案が法務省より提示された(註47)。それには甲案、乙案の二つがあったが、最高裁が現状維持的な甲案に全面反対したため乙案が以後の審議の基礎となっていく。乙案の骨子は以下の通りである。
「最高裁大法廷は9人、また小法廷は小法廷判事3人以上の合議体で構成され、小法廷判事の総数は30人とする。上告の理由は、民事については現行法どおりとし、刑事については、『判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があること』まで拡張する。上告事件の審判は、@当事者の主張に基き、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかどうかについて判断する場合、A上記の@の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないとの判断をする場合、B憲法その他の法令の解釈適用について、前に最高裁判所のした判例を変更する場合、C事件が法令の解釈適用で重要な事項を含むものと認められる場合には、大法廷でするものとする。また小法廷の裁判に対しては、憲法の違反があることを理由とするときに限り、意義の申立ができるものとし、異議については大法廷で審判する。」
これに対する最高裁の見解は二つに分かれた。まず多数意見は小法廷の在り方に異を唱えた他は、試案を可とするものである。それによると、最高裁判所に上告部(下級裁判所)を設置し、@上告部法廷の数は6とし、上告部判事3人以上の合議体で審理及び裁判をすることとし、A上告部法廷は、原則として、民事法廷及び刑事法廷とするという内容であった。一方、少数意見は次のように試案に対して大変厳しいものであった。
@最高裁の機構だけを下級裁判所の機構から切り離して改正することは本末を転倒するもの、A「試案」は、世人をして小法廷を最高裁そのものと誤信させ、同一裁判所に二種の裁判官を置くものであって最高裁の権威を失わせる、B「試案」は 事実上四級審を認めるもので訴訟の遅延を来すことは必至であり、また「試案」による大法廷には、大法廷事件の処理のほか、小法廷の裁判に対する異議の申立てが殺到すると認められるから、試案による大法廷裁判官の負担は現在より軽くなるとは思われない。
上訴制度改正に関する法制審議会答申は、先の乙案をほぼ踏襲するものであったが、小法廷の裁判に対する憲法違反を理由とする異議の申立てについて、「最高裁判所規則の定めるところによる」とする点が乙案と異なっている。この答申を受けて裁判所法等の一部改正が第26回国会に提出された。その主たる内容は以下の通りである(註48)。
「@裁判所は、最高裁判所の他、最高裁判所小法廷、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所及び簡易裁判所とする。A最高裁判所は、最高裁判所長官及び最高裁判所判事8人で構成すること。B最高裁小法廷は、最高裁判所に置き、最高裁判所小法廷首席判事6人及び最高裁判所小法廷判事24人で構成すること。C小法廷は、最高裁判所の定めるものを除いて、これと同一の裁判権を有するほか、法律において特に定める権限を有すること。ただし、小法廷は、憲法問題について判断する場合及び従来の判例を変更する場合等においては、裁判をすることができないこと。D最高裁判所は、最高裁判所長官及び最高裁判所判事全員の合議体(以下『大法廷』という。)で審理及び裁判をすること。E小法廷は、最高裁判所の定める3人以上の員数の裁判官の合議体で審理及び裁判をすること。F他の法律の規定により不服の申立てをすることができる裁判を除いて、小法廷の裁判に対しては、その裁判に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに限り、大法廷に異議の申立てをすることができる。」
このようにして出された「裁判所法等の一部を改正する法律案」は結局廃案となってしまった。これにはいくつかの原因が考えられるが、最大の原因は、最高裁側の意見と日弁連の意見の対立が解消されなかったことであろう(註49)。しかしそれ以外に、最高裁と政府・法務省との関係も微妙なものがあったようである。
この点を明らかにするのが、1958年3月13日の、「裁判促進のため、最高裁事務総局としては、小法廷に限り高等裁判所判事に最高裁判所判事の職務を代行させることを考えている」とする五鬼上最高裁事務総長の衆議院法務委員会での発言である。これは、裁判所法19条の地裁判事による高裁判事の職務代行制を最高裁にも拡大適用しようとするもので、「最高裁の現機構を存続させることを前提とし、最高裁に継続中の事件を敏速に処理するには部内の改革で足りるとする意向を明らかにした独自の提案」と受けとめられ、そして、「同じく政府案に対して批判的な態度をとっている衆院法務委員会に、政府案全面修正の決意を固めさせる結果となり、今後の国会審議に大きな波紋を生むこととなろう(註50)」と見られたのである。刑事事件の上告も民事事件のそれと同じように広げ、最高裁判所とは別の裁判所である最高裁判所小法廷が一般法令違反の上告を担当するとする法律案がさまざま妥協の産物であることは明白であるが、しかしその妥協そのものが最終的に合意を得られるものではなかったということなのであろう。

第三節 1996年(平成8年)現行民事訴訟法制定過程

1996年の民事訴訟法改正において様々な改正が行われたが、その中の一つが今回のテーマでもある最高裁判所に対する上訴制限である。これには様々な案や意見が出されておりその議論の中には上訴制度を理解するのに重要なものも多く含まれている。以下、「民事訴訟手続に関する検討事項」、「民事訴訟手続に関する改正要綱試案」、の順に紹介する。
(1)「民事訴訟法手続に関する検討事項」
「民事訴訟法手続に関する検討事項」では裁量上告制度について、以下のように記述している(註51)。
「最高裁判所に対する上告は、憲法違反の場合又は第三九五条第一項各号(絶対的上告理由)に該当する場合にのみできるものとするが、最高裁判所は、それ以外の場合であっても、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については、自ら上告審として事件を受理することができ(刑事訴訟法406条参照)、憲法違反又は第395条第1項各号に該当する事由があると認められるときに原判決を破棄するほか、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると認められるときにも、原判決を破棄することができるものとする(刑事訴訟法411条参照)との考え方」の当否を訊ねているのである。
要するに、最高裁判所への上告は現行法394条によれば、判決に、@憲法の解釈の誤り、その他憲法違背のあること、A395条にいわゆる著しい手続法違背としての絶対的上告理由がある場合のほか、B判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背のある場合に認められる。これに対して、検討事項は@、Aのほか、Bにかえて、新Bとして法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合に上告理由を限定し、新Bに該当するか否かの判断は最高裁判所の権限とし(裁量上告制)、新B以外の法令解釈については上告を認めないものとする。すなわち、上告事由の制限の判断について、許可上告制ではなく裁量上告制を採るものとしている(註52)。
この「民事訴訟手続に関する検討事項」に関して、各界から様々な意見があったようである(註53)。「民事訴訟手続に関する検討事項」が示した裁量上告制の考え方については、反対の意見が多数であったが、賛成の意見も相当数の団体等から寄せられた。反対意見の理由としては、@法令解釈の統一の効果はあっても、事後救済可能性が少なくなり、また、受理されなかった事件については、その理由が示されないため、最高裁判所の判断に対する批判の機会が奪われることになる、A事実上の二審制になりかねない、B裁量上告制度においては、受理するかどうかの判断を最高裁判所自身が行わなければならないので、この制度を導入しても、最高裁判所の負担の軽減になるかどうかに疑問があるなどがあげらていた。

(2)「民事訴訟手続に関する改正要綱試案」(註54)
「民事訴訟手続に関する改正要綱試案」は甲・乙両案を掲げるが、両案ともに、「民事訴訟手続に関する検討事項」にみられる上告理由@Aを絶対的上告理由とし、これに加えて新Bも裁判所の裁量によって上告理由になることを認めている。裁量の主体を原審裁判所たる高等裁判所とするか上告裁判所としての最高裁判所とするかをめぐって、甲乙両案が分かれる。すなわち甲案は、控訴審である高等裁判所に委ねるいわゆる許可上告制、乙案は、上告審である最高裁判所の権限とするいわゆる裁量上告制を採っている。
(甲案)最高裁判所に対する上告は、憲法違反若しくは第395条第1項各号に該当する事由があることを理由とする場合又は控訴裁判所である高等裁判所が上告を許可した場合に限り、することができるものとする。控訴裁判所である高等裁判所は、法令の解釈に関する意見が前に最高裁判所、上告裁判所若しくは抗告裁判所である高等裁判所、大審院又は上告裁判所である控訴院のした裁判に反するとき、その他事件が法令の解釈に関する重要な事項を含むときは、申立てにより、最高裁判所に対する上告を許可するものとする。この許可があった場合において、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるときは、最高裁判所は、原判決を破棄することができるものとする。(注)1 この制度の適用範囲を金銭請求に係る事件で不服の対象とする額が一定額(例えば、500万円)未満のものに限るかどうかについて、なお検討する。 2 控訴裁判所である高等裁判所が判断を誤って許可をしなかった場合には、その高等裁判所に異議の申立てをすることができるものとする等の救済手段を設ける方向で、なお検討する。
(乙案)最高裁判所に対する上告は、憲法違反又は第395条第1項各号に該当する事由があることを理由とする場合に限り、することができるものとするが、最高裁判所は、それ以外の場合であっても、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については、自ら上告審として事件を受理することができ、憲法違反又は第395条第1項各号に該当する事由があるときに原判決を破棄するほか、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるときにも、原判決を破棄することができるものとする。
甲案は、高等裁判所の許可を上告の要件とする許可上告制度を採用しようとするものである。この案では、法令違反が問題となっている事件で、最高裁判所の判断を求めようとする当事者は、高等裁判所から判決の言渡しを受けた後、当該高等裁判所に対し、別途、上告の許可の申立をすることになる。ところで、この案を採用する場合には、全事件についてまで高等裁判所の許可に係らせるのは適当とはいえないのではないかとの指摘がある。また、高等裁判所が判断を誤って不許可にすることも生じ得ることを考慮すると、その救済のための不服申立て制度を設ける必要があると考えられる。このうち、この制度の適用範囲については、不服の対象額が一定額である金額請求に限ることが考えられる。次に、高等裁判所が判断を誤ったときの救済措置としては、刑事訴訟における高等裁判所の決定に対する異議申立て(刑訴法第428条)と同様に、高等裁判所の上告不許可決定に対して当該高等裁判所の別の裁判体に異議の申立てをすることを認め、不許可決定の当否を再審査することを求めることができるようにすることが考えられる。そこで、試案は、甲案を採るときに必要となる検討課題として、この二点についても検討をすることを注記している。
一方、乙案は、裁量上告制度を採用しようとするものである。この考え方を採った場合には、上告人は、原判決には法令の解釈に関する意見が前に最高裁判所のした判例に反するなど法令の解釈に関する重要な事項が含まれていると主張して上告し、最高裁判所がこの事項を含むものと認めたときは、上告を受理し、憲法違反及び重大な手続法違反が認められない場合であっても、原判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると認められれば、職権により原判決を破棄することになる(現行の刑事訴訟法第411条の事由と同様の取扱いとなる)と考えられる。この場合において、最高裁判所が上告を受理しないときは、何らかの決定により受理しないことを明らかにする必要があると考えられる。
「民事訴訟法手続に関する改正要綱試案」に対しても様々な意見があったようである(註55)。最高裁判所に対する上告制度については、乙案に賛成する意見と、甲案と乙案のいずれにも反対する意見とがあったが、甲案に賛成する意見も相当数の団体等から寄せられた。このほか、@乙案またはこれに判例違反を上告理由として加える案に賛成する、または反対しない、A最高裁判所に対する上訴制限することは望ましくないが、仮にやむをえず導入するのであれば、乙案を採用すべきである、B乙案にも賛成できないが、甲案よりはよいなどの意見もあった。
甲案に賛成の意見のなかには、@甲案が採用された場合には、上告裁判所を最高裁判所に一本化すべきである、A不服の対象とする額が500万円を超えない財産上の請求事件及び非財産上の請求事件については、高等裁判所の裁量による上告受理を認めるようにすべきであるとの補足意見を付記するものがあった。
甲案の注1に掲げられた考え方については、賛成の意見と反対の意見とがあった。反対意見の理由としては、事件の重要性は、必ずしも不服の対象とする額の多寡に比例しないので、不服の対象とする額で制限をする合理性がないなどがあげられていた。
注2に掲げられた考え方については、救済手段を設ける方向の考え方に賛成の意見と反対の意見があったほか、上告不許可の場合には最高裁判所に対する不服申立を認めるべきであるとの意見も寄せられた。
乙案に賛成する意見のなかには、@判例違反を裁量上告の受理事由に加えるべきである、A原審は、上告を認めるべきか否かについて意見を付して最高裁判所に送付するするものとすべきである、B395条1項6号の理由不備および理由齟齬についても、絶対的上告理由とせずに、裁量上告理由とすべきであるなどの補足意見を付記するものがあった。
いずれの案にも反対の意見の理由としては、@現行法の下で救済された事例につき権利上告が認められないことになるのは、当事者救済機能からみて適当ではないし、法令解釈の統一も個々の具体的事件における当事者の救済を通じて行われるべきである、A最高裁判所の負担過重は、下級審の審理および判決に関する問題に対する方策や最高裁判所の機構改革、増員等によって解決すべきである、B甲案では、判例変更の可能性が不当に狭くなりかねないし、乙案では、最高裁判所が一度は判断する以上、あえて当事者の上告を制限する実益に乏しいなどがあげられていた。
また、いずれの案にも反対の意見のなかには、最高裁判所に関する制度改革や上訴制度のあり方について議論を尽くしたうえで問題を解決する場合の選択としては、乙案の方が妥当あるとの補足意見を付記するものがあった。

第四節 現行民事訴訟法での上告制度

以上のような検討を踏まえて最高裁判所に対する上告制度は下記のように決定された。
まずこの民事訴訟法の改正において、高裁が控訴審として言い渡した判決に対する最高裁への不服申立てとして、権利上告と上告受理の申立ての、二つの手続が設けられた。上告は、原判決に憲法違反があること又はいわゆる絶対的上告理由にあたる事由があることを理由とするときに行うことができ(民事訴訟法312条1、2項)、最高裁は調査の結果これらの事由があると認めるときは、原判決を破棄しなければならない(同法325条1項)(註56)。一方、上告受理の申立ては、原判決に憲法違反又はいわゆる絶対的上告理由にあたる事由以外の法令違反があることを理由とするときに行うことができる(同法318条2項)。最高裁は、原判決に判例違反その他の法令の解釈に関する重要な事項が含まれると認める場合、当該事件を上告審として受理する決定をし(同条1項)、その後は上告事件と同様の審査を行い(同条4項、民事訴訟法320条以下)、その結果原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると認めるときは、原判決を棄却する (同法315条2項)。
旧民事訴訟法においては、最高裁は原判決に法令違反があるとの主張がある限りこれにつき調査をする義務を負っていたため、場合によっては、上告審の審理につき証拠調べをしないことを除いては控訴審のそれと大きく異ならないとの見方もなり得たが、法改正の結果、憲法違反又はいわゆる絶対的上告理由にあたる事由以外の法令違反の主張については、最高裁は、第一次的には当該主張にかかる事項の重要性について判断し、選別されたものについてのみ詳細に調査すれば足りることとなった。こうした負担調整によって、新たに設けられた許可抗告制度を運営する余力が得られ、それ以外の事件についても、審理が一層充実されることが期待されている。

(註1)竹下守夫「最高裁判所に対する上訴制度(上)」NBL575号39頁以下(1995年)。
(註2)桜井孝一「上訴制限」新堂幸司編『講座民事訴訟法(7)』81頁(弘文堂、1985年)。
(註3)兼子一=竹下守夫『裁判法〔第4版〕』50頁以下(有斐閣、1999年)。
(註4)桜井・前掲注(2)82頁。
(註5)兼子=竹下・前掲注(3)50頁。
(註6)三ヶ月章「上訴制度の目的」『民事訴訟法研究(8)』121頁(有斐閣、1981年)。
(註7)三ヶ月・前掲注(6)122頁。
(註8)桜井・前掲注(2)82頁。
(註9)三ヶ月・前掲注(6)124頁。
(註10)上野泰男「上訴制限について」関大法学43巻1、2号757頁(1993年)。
(註11)兼子=竹下・前掲注(3) 53頁。
(註12)兼子=竹下・前掲注(3)56頁。
(註13)桜井・前掲注(2)83頁。
(註14)兼子=竹下・前掲注(3)56頁。
(註15)三ヶ月・前掲注(6)130頁。
(註16)最高裁判所事務総局「わが国における裁判諸制度の沿革(2)」法曹時報9巻5号572頁(1931年)。
(註17)兼子=竹下・前掲注(3)56頁。
(註18)三ヶ月・前掲注(6)131頁。
(註19)三ヶ月・前掲注(6)131頁。
(註20)兼子=竹下・前掲注(3)56頁。
(註21)菊井維大「上訴制度」民訴法学会編『民事訴訟法講座(3)』843頁(1955年)。
(註22)菊井維大「民事訴訟の法理」434頁中村宗雄先生古稀祝賀記念論文集刊行編(弘文堂出版部、 1965年)。
(註23)菊井・前掲注(22)434頁。
(註24)前掲注(16)572頁。
(註25)前掲注(16)572頁。
(註26)前掲注(16)572頁。
(註27)日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の応急的措置に関する法律、昭和22年法律第75号。
(註28)最高裁判所事務総局「わが国における裁判諸制度の沿革(3)」法曹時報9巻6号725頁(1931年)
(註29)前掲注(16)572頁。
(註30)関根小郷=野木新一「民事上訴制度の改革」法曹時報2巻6号315頁(1924年)。
(註31)桜井・前掲注(2)85頁。
(註32)関根=野木・前掲注(30)315頁。
(註33)三ヶ月・前掲注(6)157頁。
(註34)昭和25年法律第138号、最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律。
(註35)関根=野木・前掲注(30)315頁。
(註36)桜井・前掲注(2)86頁。
(註37)関根=野木・前掲注(30)315頁。
(註38)関根=野木・前掲注(30)315頁。
(註39)関根=野木・前掲注(30)315頁。
(註40)兼子=竹下・前掲注(3)145頁。
(註41)兼子=竹下・前掲注(3)141頁。
(註42)関根=野木・前掲注(30)315頁。
(註43)関根小郷「上告手続に関連する民事訴訟法の改正等について」法曹時報6巻6号580頁(1928年)。
(註44)関根・前掲注(43)580頁。
(註45)最高裁判所事務総局「最高裁判所の機構改革に関する裁判所法等の一部改正法案関係資料」一般裁判資料第10号(1957年)。
(註46)前掲注(45)24頁。
(註47)前掲注(45)32頁以下。
(註48)前掲注(45)51頁以下。
(註49)斎藤秀夫『民事訴訟法理論の育成と展開』373頁(有斐閣、1985年)。
(註50)朝日新聞1958年3月14日朝刊。
(註51)NBL特集23号検討事項64頁。
(註52)前掲注(51)66頁。
(註53)柳田他「検討事項における各界意見の概要」NBL特集27号要綱試案 70頁。
(註54)NBL特集27号要綱試案 43頁以下。
(註55)NBL569号45頁以下(1995年)。
(註56)これらの事由がない場合であっても、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるときは、最高裁は、職権で原判決を破棄することができる(民事訴訟法325条2項)。
(註57)原判決に憲法違反又はいわゆる絶対的上告理由にあたる事由があるときにも、最高裁は原判決を破棄することができる。




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