
SWEATT v. RAINTER, 339 U.S. 629 (1950)
スウット対ぺインター他
テキサス州最高裁へのサーシオレイライ
No.44
口頭弁論1950年4月4日
判決 1950年6月5日
上告人は、州立テキサス大学ロー・スクールの入学を拒絶された。単に、彼が黒人で、州法がそのロー・スクールへの黒人の入学を禁止していたからである。
彼は、新しく州によって黒人のために設立された別のロー・スクールへの入学を呈示されたが、拒否した。
テキサス大学ロー・スクールは、16人の常勤教授、又、3人の非常勤教授、850人の学生、蔵書65、000冊の図書館、ロー・レヴュー、模擬法廷、奨学金基金、優秀法学生会への加入(Order of the Coif affiliation)、多くの著名な卒業生、及び多くの伝統と格式を有している。
黒人のための別のロー・スクールは、5人の常勤教授、23人の学生、蔵書16、500冊の図書館、練習用法廷、法律扶助協会及びテキサスの法曹界に入った1人の卒業生を有していた。しかし、それ(このロー・スクール)は、その学生母体から、人種上のグループのメンバーを除外していた。その人種上のグループというのは、州人口の85%を数え、ほとんどの法律家、証人、陪審員、及び、上告人がテキサス法曹界のメンバーとして扱うであろう他の公務員を含んでいる。
判決によれば、上告人に提供された法学教育は、実質的に以下のことに等しいものではない。すなわち、彼が、もしテキサス大学ロー・スクールに入学したなら受け取るであろうものに等しいものではない。
また、憲法第14修正の平等保護条項は、彼がテキサス大学ロー・スクールに入学することを要求している。631ー636頁
(原判決は)破棄された
テキサス州の事実審は、以下のことを認定した。新たに設立された黒人のための州のロー・スクールは、上告人に「法学教育のために特権、利点、及び機会を提供された。それは、実質的に州によってテキサス大学の白人学生に提供されたのと等しいものである」ということである。そして、テキサス大学ロー・スクールへの彼の入学を強制する職務執行令状を却下した。
民事控訴裁判所(The Court of Civil Appeals)も、原判決を維持した。210 S.W.2d 442.
テキサス州最高裁は、誤審令状(writ of error)を却下した。
当裁判所は、サーシオレイライを是認した。338 U.S. 865
原判決破棄、636頁
[630]
・・・・
[631]
ヴィンソン裁判長は、法廷意見を出した。
本件及びMcLaurin v. Oklahoma State Regent、後記、637頁は、この一般的問題の別の側面をあらわしている。すなわち、どの程度まで、第一四修正の平等保護条項が州の権力を、異なる人種の学生間で、州立大学での専門教育及び大学院教育において限定されるのだろうか、という側面である。
より幅広い問題は、私たちの考慮を駆り立ててきた。しかし、私たちは、憲法問題を判断する原則を、法廷における特別なケースの内容においてのみ固執している。
私たちは、頻繁に以下のことを繰り返した。すなわち、当裁判所が憲法問題を判断するには、考慮中の事件の決着に必要な時である時だけであるということ、及び、そのような判断は、可能な限り狭く引かれるべきであるということである。Rescue Army v. Municipal Court,331 U.S. 549(1949)及びそこで引用された諸事件。
この伝統的な以下のことの躊躇(不承不承であること:reluctance)のために、すなわち、法廷外の状況や事実に憲法的解釈を広げることを躊躇するこの伝統的な考え方のために、素晴らしい調査屋詳細な議論の多くが、これらのケースで現われたが、その決着には必要である。
当該事件において、上告人は、1949年度2月にテキサス大学ロー・スクールへの入学願書を提出した。
彼の願書は拒否された。単に、彼が黒人であるために。(註1)
上告人は、それについて、この訴訟を提起し、適当な学校役員に、すなわちここでの被告に対し、彼の入学を強制するために、職務執行令状を求めた。
当時、テキサスには、黒人が入学したロー・スクールは全くなかった。
州の事実審は、以下のことを確認した。州の行為は、上告人に、
[632]
法学教育を得る機会を拒否し、一方で、他の者にそれを与えることにおいて、彼から、第一四修正により保障された法の平等な保護を奪った。
しかしながら、裁判所は、要求された救済を与えなかった。ただ、事件を6ヶ月間継続し、州に実質的に平等な施設を提供する余裕を与えた。
その6ヶ月の終結に当たり、1946年12月に裁判所は、以下のことを示すについての令状を拒否した。それは、権限ある大学役員が黒人のためのロー・スクールの開校を求める命令を、次の2ヶ月に採ったということである。
一方で、上告人の上告は、決定を延ばされていたが、そのような学校は利用可能になった。しかし、上告人は、そこに登録することを拒否した。
テキサス州民事控訴裁判所は、事実審の判決を破棄した。そして、次のような訴訟を命じた。すなわち、「一般的に事実審に次の手続きに、本訴訟のいかなる当事者の権利についての偏見なしに、差し戻された」訴訟である。
差し戻しにおいて、公聴会が、新たに設立されたスクールにおける、教育施設の平等の問題について開催された。そして、テキサス大学ロー・スクールと比較された。
事実認定をして、すなわち、「新しいスクールが、上告人に法学教育のための特権、有利、及び機会を提供し、それが実質的に、テキサス大学の白人学生に、州によって提供されているものと同等であろう」ということを認定し、事実審は、職務執行令状を拒否した。
民事控訴裁判所は、原判決を維持した。210 S.W.2d 442(1948)
上告人の誤審令状の申し出は、テキサス州最高裁によって、却下された。
我々は、サーシオレイライを認めた。338 U.S.865(1949)、というのは、憲法問題についての明白な重要性が含まれていたからである。
テキサス大学ロー・スクールは、上告人がそこから排除されたわけであるが、16人の常勤教授及び3人の非常勤教授を配置している。彼らのうち何人かは、その分野の権威して全国的に確認されている者である。
その学生母体は、850人を数える。
図書館は、65、000冊以上を蔵書していた。
学生が利用可能な他の施設の中には、ロー・レヴュー、模擬法廷設備、
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奨学金基金、及び優秀法学生会への加入、がある。
スクール卒業生たちは、私的な法実行(private practice of the law)及び州の公の生活において、もっとも著名な地位を占めている。
それは、間違いなく、国で上位にランクされるロー・スクールの一つとして考えられるかもしれない。
黒人のためのロー・スクールは、1949年2月に開校されることになったが、独自の学生や図書館を全く持たなかった。
授業は、テキサス大学ロー・スクールの教職員の4人のメンバーによって実施されることになっていた。彼らは、両方の機関での授業の間、テキサス大学にそのオフィスを保持することになっていた。
図書館には注文された1万冊のうちほとんどが到着していなかった。
スクールは、公の基準を満たしていると認定すること(認定基準:accreditation)を欠いていた。
本件の裁判以降、被告側は、テキサス州立大学における黒人のためのロー・スクールの開校を報告している。
それは、外見上、認定基準充足の途上にある。
それは、5人の常勤教授という教職員、23人の学生母体、1人の常勤スタッフにより供される蔵書約16、000冊の図書館、練習法廷及び法的扶助協会、並びにテキサス法曹界の一員である1人の卒業生を有している。
テキサス大学ロー・スクールが、そのオリジナルと、あるいは、新しい黒人のためのロー・スクールのいずれかと比較されても、私たちは、州によって白人や黒人の法学生に提供された教育の機会の実質的平等を確認することはできない。
教職員数、専門のコース及び機会の種類、学生母体の規模、図書館の限界、
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ロー・レヴューや類似の活動の有用性、に関して、テキサス大学ロー・スクールは優れている。
もっと重要であるのは、テキサス大学ロー・スクールは、客観的測定が不可能であるが、しかし、ロー・スクールの中で絶大なこと(greatness)であるその質を、はるかに大きな度合いまで備えている。
その質は、2、3の例だけを挙げるならば、教職員の評判、学内の管理、卒業生の地位及び影響力、コミュニティにおける姿勢、伝統及び格式、を含んでいる。
以下のように考えるのは難しい。自由な選択をした者が、これらロー・スクールの間で問題をcloseとみなすということである。
さらに、法が高度に習熟した知的職業であるにもかかわらず、私たちは、それを強烈に実践的なものであるということに十分に気付いている。
ロー・スクールは、法の学習及び実践のための実験場であるが、法が相互に影響しある個人や機関から分離しては、効果的であるはずがない。
学生および法を実践する者は、誰も、大学の空白状態の中で研究することを選ばないし、法が関係する考えの相互作用及び見解の交換から外れる者はいない。
テキサス州が上告人を入れようとしているロー・スクールは、その学生母体から、以下のような人種グループのメンバーを排除している。それは、州人口の85%を数え、ほとんどの法律家、証人、陪審員、裁判官、その他の役員を含むグループである。その他の役員というのは、上告人が必然的に、彼がテキサス法曹界の一員になる時扱われるであろう、ものである。
社会のそのような実質的かつ重要な部分から排除されて、私たちは以下のようには結論できない。すなわち、上告人に提供された教育は、彼がもしテキサス大学ロー・スクールに入学したなら、受けたであろうものと実質的に平等であるということである。
以下のことが主張されるかもしれない。そのスクールから上告人を排除することは、新しいロー・スクールから白人学生を排除することとは全く異なる。
この主張は、現実を見落としている。
以下のことはありそうもない。すなわち、グループのあるメンバーが、断固として多数派の中で、
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一貫して維持されてきた優越の歴史のみが意のままにできた豊かな伝統と格式をもって、スクールに出席しながら、彼に与えられた法学教育の機会は、上告人に開かれたそれとは平等ではないと主張することは、ありそうもない。
そのような主張がもしなされたなら、州によって面目を失われる(→拒絶される)であろうし、答えはない。
「法の平等な保護は、不平等な無差別な押し付けを通じて達成されるものではない。」Shelley v. Kraemer,334 U.S.1.22(1948)
根本的であるのは、これらのケースが個人的かつ現在ある諸権利に関係しているということである。
当裁判所は、以下のことを全員一致で述べた。「州は、[法学教育]を[上告人]のために、第一四修正の平等保護条項に従って提供しなければならない。また、それを他のグループの志願者にするのと同じくらい速やかに提供しなければならない。」ということである。Siquel v. Board of Regents,333 U.S.631,633(1948)
その事件は、「州が第一四修正の平等条項を黒人のために分離したロー・スクールを設立することによって満足していないかどうかの問題をあらわしてはいなかった。」Fisher v. Hurst,333 U.S.147,150(1948)
ミシシッピィにおいて、Gaines v. Canada,305 U.S.337,351(1938)に関して、裁判所は、裁判長Hughesを通じて述べ、以下のように宣言した。
「上告人の権利は、個人的なものである。
個人として、彼は法の平等な保護の資格を与えられた。そして、州は、その領域の施設の中で、法学教育を彼に与える義務を有した。それは、州がそこで白人の人々に与えたものと実質的に平等なものである。黒人が同じ機会を求めるか否かに関わらず。」
これらは、当裁判所における、州立の大学院及び専門職教育における、人種上の区別(race distinctions)の憲法上の妥当性の問題をあらわしている、唯一のケースである。
これらのケースに一致して、上告人は、彼の完全な憲法上の権利を主張するかもしれない。すなわち、州によって、他の人種に提供されたものと同等の法学教育である。
そのような教育は、州によって提供されたような、分離したロー・スクールの中で、彼に利用可能なものではない。
私たちは、その結果、
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被告に同意できない。それは、Plessy v. Ferguson,163 U.S.537(1896)の原則が、以下の判決の維持を要求しているということである。
また、私たちは、上告人の以下のような主張に到達する必要はない。それは、Plessy v. Ferguson が、第一四修正の目的及び人種差別(racial segregation)の影響に関する、現代の認識に照らして、再検討されるべきであるという主張である。参照、前掲631頁
私たちは、以下のように判決した。すなわち、第一四修正は、上告人がテキサス大学ロー・スクールに入学することを要求している。
判決は破棄され、訴訟は、この意見に相反しない手続きのために差し戻される。
原判決破棄
脚注
[脚注1]以下のことをあらわしている。すなわち、大学は州法に従って、白人学生に制限されている。参照、Tex.Const.,Art.Z.7,14. Tex.Rev.Stat.(Vernon,1925),Arts.2643b(Supp.1949)2719,2900
[脚注2]「暫定的な黒人のためのテキサス大学ロー・スクールの学生は、[その大学は、オースティンに位置しており、それに対して、恒久的なスクールは、ヒューストンに位置することになっていたが]、州庁舎の中の州立法律図書館を利用することになっている。・・・・」 Tex.Laws 1947,c 29,11. Tex.Rev.Stat.(Vernon,1949 Supp.)note to Art.2643b.
明らかでないのは、この特権は、州の市民全てに拡大される以上のものであるのかということである。