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Reno v. ALCU, 117 S.Ct. 2329 (1997)
レノ対アメリカ自由人権協会
最高裁意見
合衆国連邦最高裁
No.96-511
ジャネット・レノ合衆国司法長官他 上訴人 対
アメリカ市民自由連合他
ペンシルベニア東部地区連邦地裁からの上告において
[1997年6月26日]
スティーブン裁判官は、法廷意見を出した。
問題となっているのは、二つの制定法の条項についての合憲性である。その条項は、未成年者をインターネット上の「下品な(indecent)」及び「明らかに不快な(patently offensive)」通信から保護することを規定している。[註1]
(それにもかかわらず)子供を有害な素材から保護する立法目的の正当性及び重要性にもかかわらず、私達は、三人の地裁裁判官に同意する。つまり、その法令が、第一修正によって保護された「言論の自由」を縮減しているということである。
連邦地裁は、広範囲にわたる事実認定をした。それらのほとんどは、当事者によって準備された詳細な条件(stipulation)に基づいていた。
参照、929 F.Supp. 824,830-849 (ED Pa. 1996)[註2]
その事実認定は、インターネットの性格及び重要性を説明している。また、性的にあからさまな素材と、そのメディアにおける重要性、及び、インターネット通信の受け手にとって直面する年齢証明の問題を説明している。
それらの事実認定は、法律問題に補強を提供しているので、私達は、疑う余地のない事実についての概要からはじめる。
インターネットは、相互接続のコンピュータの国際的ネットワークである。
それは、以下のものの自然に発達したものである。すなわち、1969年に、「アーパネット(ARPANET)」と呼ばれた軍事プログラムとして、はじめられたものである。[註3]
それは、軍事上、防衛上の契約者(→軍事・防衛関係企業)及び防衛関係の調査を行っている大学に運用されているコンピュータを、たとえネットワークの一定割合が戦争で損害を受けたとしても、他人と余剰チャンネルを使って通信できるように計画されたものである。
しかし、アーパネットは、もはや存在しないが、それは、多くの民間ネットワークの発展の一例を提供した。つまり、結局、互いにリンクしながら、イまでは、数千万人の人々に、他人との通信を可能にしているし、また、膨大な量の情報を世界中からアクセスすることを可能にしている。
インターネットは、世界規模の人の通信についてのユニークで全く新しいメディアである。[註4]
インターネットは、「非凡な成長」を経験した。[註5]ホスト・コンピュータの数−それは、情報を蓄え、通信をリレーするものであるが、−−1981年の約300から増大し、1996年の裁判当時には、およそ940万になった。
これらのホスト(コンピュータ]のおおざっぱに60%は、合衆国内に位置している。
約4000万人の人々が裁判当事にインターネットを使用していた。(そして)その数は、1999年までに2億人にまで膨れ上がると予測されている。
個々人は、インターネットへ多くの異なったソースからのアクセスを得ることができる。一般的には、各ホスト自体やホストと提携した存在からである。
ほとんどの単科大学及び総合大学は、その学生や教職員にアクセスを提供している。また、
多くの企業が、その被用者にオフィス・ネットワークを通じてアクセスを提供し、
多くのコミュニティや地方の図書館が、自由なアクセスを提供している。そして、店頭の「コンピュータ・コーヒー・ショップ」の増大する数は、わずかな時間料金でアクセスを提供している。
いくつかの主要な全国的「オンライン・サービス」は、たとえば、アメリカン・オンライン、コンピュサーブ、マイクロソフト・ネットワーク、及びプロディジィは、それ自体の拡大した所有のネットワークへのアクセスを提供している。(そして)それに加えて、インターネットのもっともっと大きいリソースへのリンクを提供している。
これら商業的オンライン・サービスは、裁判当時、約1200万人の個人的加入者を有していた。
インターネットへのアクセスをする誰もが、幅広い種類の通信及び情報検索手段を利用する。
これらの手段は、継続的に発展していて、正確にカテゴリーに分けるのは難しい。
しかし、現在、構成されているように、本件に、最も関係するものは、電子メール(「e‐メール」)、自動めーリング・リスト・サービス(「メール・エクスプローダー」時として「リスト・サービス}と呼ばれている)、「ニュース・グループ」「チャット・ルーム}及び「ワールド・ワイド・ウェッブ」である。
これらの手段のすべては、トランスミット・テキスト(送信テキスト)に使用でき、ほとんどが音、絵、及び動画イメージを送信できる。
一緒に取り上げるなら、これらの道具は、ユニークなメディアを構成している。‐‐それは、そのユーザーに「サイバー・スペース」として知られ‐‐全く特別な地理的位置に位置することなく、誰でも、世界中どこでも、インターネットへのアクセスを持ってアクセス可能なものである。
E メールは、個人に電気的メッセージを送ることを可能にする。それは、−−一般に、ノートや手紙に同様なものであるが−−別の個人や受信者のグループに。
メッセージは、一般に電気的に保管され、時々、受け手がその「メール・ボックス」をチェックするのを待っている。また、時々、あるタイプのプロンプトを通じて知られたその受信をする。
メール・エクスプローダーは、一種のeメール・グループである。
加入者は、メッセージを共通のeメール・アドレスに送ることができる。そこで、それから、メッセージをグループの他の加入者に転送する。
ニュース・グループもまた、正規の参加者のグループに提供する。しかし、ポスティングは、さらに他人によって読まれるかもしれない。
そのようなグループは、数千も存在し、それそれ全範囲にわたる特別のトピックについて、情報や意見の交換を促進するよう提供している。その全範囲というのは、いわば、ワーグナーの音楽から、バルカン政策、AIDS予防策、シカゴ・ブルズにわたるものである。
約10万の新しいメッセージが毎日届けられる。
ほとんどのニュースグループにおいて、ポスティングは、自動的に定期的な間隔で一掃される。
後で読むことのできるメッセージをポスティングすることに加えて、もっと速やかに通信することを望んでいる二人以上の個人がリアル・タイムのダイアログに参加し、チャット・ルームに入ることができる。−−言い換えれば、別の人にメッセージを打ち込むことによって。それは、ほとんど瞬時に、他の人のコンピュータ・スクリーン上に現れる。
連邦地裁は、次のように認定した。(すなわち)ある与えられた時間で「数万人のユーザーが膨大な範囲の対象について会話に参加している」[註6]
次のように「結論付けることは、全然、誇張ではない。(つまり)インターネット上の内容(コンテント)は、人間の思考と同じくらい多様であるということである。」[註7]
インターネット上で最もよく知られたカテゴリーは、ワールド・ワイド・ウェッブである。それは、ユーザーに、遠隔コンピュータ内に保管された情報を検索し、かつ、取り戻す(retrieve)ことができるようにする。また、若干のケースにおいては、指定されたサイトに返信することができるようにする。
具体的にいえば、ウェッブは、世界中の異なったコンピュータに保管された莫大な数のドキュメントを含んでいる。
しかし、より精巧なドキュメントは、それは一般にウェッブ「ページ」として知られているが、、それもまた広く行き渡っている。
それぞれが、それ自身のアドレスを持っている−−むしろ、電話番号に似ている。[註8]
ウェッブ・ページは、頻繁に情報を含み、時として、視聴者にページの(あるいは「サイトの」)著作者と通信することを許す。
それらは、一般的にまた、そのサイトの著作者によって製作された他のドキュメントや他の(一般的に)関係のあるサイトへの「リンク」を含む。
典型的には、リンクは、ブルーの、又はアンダーラインを引いたテキストのいずれか―時としては、画像(イメージ)である。
ウェッブをナビゲートすることは、比較的、簡単(straightforward)である。
ユーザーは、わかっているページのアドレスを打ち込むか、一つ以上のキーワードを商業的「サーチ・エンジン」に入力するかすれば、ある興味対象についてのサイトを探し出せる。
ユーザーは、一般的に所与のウェッブ・ページを探索し、あるいは、別のページに移動する。それは、コンピュータの「マウス」を、ページ上のアイコンやリンクの一つの上でクリックすることによって行われる。
ほとんどのウェッブ・ページへのアクセスは、自由に利用できる。ただし、若干のものは、商業プロバイダーから権利を購入した者にのみ、アクセスを認めている。
ウェッブは、その結果、読者の観点からすれば、以下のものの双方に匹敵する。すなわち、数百万の、たやすく利用でき、索引のついた、出版物を擁している巨大な図書館、及び、商品やサービスを提供する拡大しているメールである。
出版者の観点からは、それは、巨大なプラット・ホームを構成している。それは、記憶装置の特定位置に入れ、数百万の読者、視聴者、検索者、及び、購読者の世界規模の聴衆から便りをもらうためのものである。
いかなる人や組織も、インターネットに接続したコンピュータを持って、情報を「出版(発表)する(publish)」ことができる。
出版者(発表者)は、政府部局、教育機関、商業的存在、主張グループ、及び、個々人を含む。[註9]
出版者は、その素材を、インターネット・ユーザーの全プールに利用可能にするか、あるいは、アクセスを選ばれたグループに、例えば、特別扱い(privilege)のために喜んで支払いをする人々であるが、制限するかのいずれかである。
「どんな単一の組織も、ウェッブにおけるいかなるメンバーシップをも、コントロールできないし、また、いかなる中央集権化した場所も、ここのウェッブサイトやサービスを、ウェッブからブロックできるものはない。」[註10]
性的にあからさまな素材
インターネット上の性的にあからさまな素材は、テキスト、絵、及びチャットを含む。そして、「控えめな興をそそるものから、最強のハードコアまで広がっている。」[註11]
これらのフィルムは、性的にあからさまでない素材と、同じ方法で製作され、命名され、そして、入力され(post)ている。そして、故意又は故意なしのいずれかで、不正確な検索の過程の間にアクセスされるかもしれない。
「ひとたび、あるプロバイダーが、そのコンテントをインターネット上に入力したならば、そのコンテントがコミュニティに入ることを防ぐことはできない。」[註12]
そうして、例えば、「UCR/キャリファーニア写真博物館が、そのウェッブサイトにエドワード・ウエストンとロバート・メイプルソープによるヌードを入力し、その新しい展示をバルティモアやニューヨーク・シティに伝えることを展開したとき、その画像は、ロサンジェルス、バルティモア、そして、ニューヨーク・シティのみならず、シンシナティ、モービル、あるいは、北京−−といったインターネット・ユーザーが生活するところどこにおいても、利用可能である。
同様に、安全なセックスの案内、それはクリティカル・パス(Critical Path)がそのウェッブサイトに入力したものであり、街の言葉でティーン・エージャーの受け手がそれを理解できるように、書かれたものであるが、Provo(→地名?)やプラハにおいても利用できる。」[註13]
インターネット上の通信のいくつかは、外国に起源を持つが、また、性的にあからさまである。[註14]
そのような素材は、幅広く利用できるにもかかわらず、ユーザーたちは、そのようなコンテントに偶然に遭遇することはめったにない。
「ドキュメントのタイトルやドキュメントの説明書は、普通、ドキュメント自体の前に現れている。−−そして、多くのケースにおいて、ユーザーは、サイトのコンテントについての詳細な情報を受け取るであろう。(それは)彼又は彼女がドキュメントにアクセスする段階を踏む必要がある前に。
ほとんどすべての性的にあからさまな画像は、そのコンテントに関する警告によって前置きされている。」[註15]
その理由のために「確率が低い(odds are slim)」のは、ユーザーが性的にあからさまなサイトに偶然に入り込むことである。[註16]
ラジオやテレビによって受け取られる通信とは違って、「インターネット上の情報の受領は、一連の積極的ステップを単にダイヤルをチューニングすることよりもっと意識的かつ直接に要求する。
子供は、若干の行動な素養と若干の読書能力を、素材を探し出し、それによって処置されていない(unattended)インターネットを使用するために、必要とする。」[註17]
システムは、親が以下のような素材をコントロールするのを助けるように発展させられている。それは、インターネットにアクセスしたホームコンピュータ上で利用可能である素材である。
あるシステムは、次のいずれかをするかもしれない。(すなわち)全くアダルト向けでない素材を含んでいると認識されているソースの認められたリストへのコンピュータのアクセスを限定するか、あるいは身元を確認できる好ましくない見物(indentifiable objectionable features)を含むメッセージを阻止するように意図しているかもしれない。
親のコントロール・ソフトウェアは、現在、一定の連想させる言葉や、既知の性的に明白なサイトを遮断できるにもかかわらず、それは今、性的にあからさまな画像を遮断できない。」[註18]
それにもかかわらず、証拠は以下のことを示している。(すなわち)「正当に効果的な方法は、それは、親たちによって、その子供が性的にあからさまな、また親たちがその子供に不適当であると信じるその他の素材にアクセスすることを阻止できる方法であるが、それが直ちに使用可能である」ということである。[註19]
年齢証明
年齢証明の問題は、インターネットの様々なユーザーで異なる。
地裁は、断言的に(categorically)以下のことを決定した。それは、「ユーザーの本人であることの証明(identity)及び年齢を決定する有効な方法は存在しない。そのユーザーというのは、素材に、eメール、メール・エクスプローダー、ニュース・グループあるいはチャット・ルームを通じてアクセスしているものである。」ということである。[註20]
政府は、以下のような証拠を全く提供しなかった。確実な方法が、そのようなファーラム(fora)において年齢のために、受け手や参加者を遮断するために、存在するということである。
さらに、たとえ未成年者のアクセスを技術的に実行できるとしても、それは、潜在的に「下品」あるいは「明らかに不快な」寄稿(contribution)を引き起こす、芸術、製作、又は他の客体を含んでいるニュース・グループやチャット・ルームへのアクセスであるが、その素材への彼らのアクセスを阻止し、かつ、「まだ、残りの内容へのアクセスを彼らに許す」ことは可能ではない。たとえ、その内容が圧倒的多数が下品でなかったとしても。」[註21]
テクノロジーは、ウェッブサイトのオペレーターによって(そばに)存在するが、そのオペレーターは、クレジット・カードやアダルト・パスワードのような要求された情報の証明の上で、アクセスを条件付けるかもしれない。しかしながら、クレジット・カードの証明は、以下のことでのみ可能なだけである。すなわち、カードが使用される商業上の取引に結びつくか、あるいは認証機関(a verification agency)への支払いによってである。
クレジット・カードの所有を、年齢の証拠として使用することは、非商業的ウェッブサイトに、それらの多くを締め出すことを求めることになる、費用を課すことになる。
その理由のため、裁判当時、クレジット・カードの証明は「多数のインターネット・コンテント・プロバイダーに効果的に利用可能ではなかった。」前掲846頁(事実認定102)
さらに、そのような要件の賦課(imposition)は、クレジット・カードを持たず、ブロックされた素材をアクセスするもの(→手段)を得る財源を欠く成人を完全に締め出すであろう。
そのユーザーにアクセスのために料金を課す営利的ポルノ・サイトは、彼らに年齢確認の手段としてパスワードを割り当てている。
その記録は、これらのテクノロジーの確実性にかかわる証拠を含んでいない。
たとえ、パスワードが、下品な素材の営利的な御用商人(purveyors)によって有効であったとしても、連邦地裁は、次のように認定した。成人のパスワードの要件は、非営利サイトに重大な負担を課すことになる。というのは、ユーザーがそのサイトにアクセスするのを、思いとどまらせるからであり、かつ、そのようなスクリーニング・システムを開発し維持する費用は、「その限度を超える」であろう(→手に余る:beyond their reach)。
要約すれば、連邦地裁は、以下のように事実認定した。
「たとえ、クレジット・カードによる確認や成人(であることを示す)パスワードによる確認が実行されたとしても、政府は、そのようなシステムがそのパスワードやクレジット・カードの使用者が実際に18歳以上であることを確実にできるかどうかに関して証拠を呈示していない。
クレジット・カードによる確認や成人パスワードによる確認システムによって課せられた負担は、実際上、多数のインターネット・コンテント・プロバイダーに利用可能にはしない。前掲(事実認定107)
1996年テレコミュニケーション法、Pub. L. 104-104.110 Stat.56は、格別に重要な立法上の制定であった。
その103頁の最初に述べられたように、その最初の目的は、規制を減らすことであり、「新しいテレコミュニケーション技術に急激な発展」を力づけることであった。
その法令の主要な要素は、インターネットを持って何かをすることではなかった(←インターネットをもって行うことは何もなかった)。また、それらは、地方の電話サービス市場、多重チャンネル、ビデオ市場、及び衛星放送市場における競争を促進するように設計されていた。
その法案は、7つの編(Title)を含んでおり、そのうち6つは、拡大委員会(extensive committee)の公聴会の産物であり、上院及び下院の委員会によって準備された報告書の中での議論の対象である。
対照的に、V編は、−−「1996年通信品位法」(CDA)として知られているが、−−次の条項を含んでいる。(すなわち)公聴会が終了した後の執行委員会において追加されたか、または、議会における議論(floor debate)の間に出された修正として追加された条項である。
上院において出された修正は、本件において異議を述べられた二つの制定法条項のもと(source)であった。[註24]
それらは、非公式には、「下品な送信(indecent transmission)」条項、及び「明らかに不快なディスプレイ(patently offensive display)」条項として、説明されている。
第一に、47 U.S.C.A.223(a) (Supp.1997)は、18歳未満の受け手へわいせつ又は下品なメッセージを知りながら伝達することを禁止している。
それは、直接関係のある部分において提供している。すなわち、
「(a)何人であろうと・・・
(1)州際又は外国との通信において・・・
・・・
「(b)テレコミュニケーション機器によって、知りながら・・・
(@)(伝達を)行い、クリエートし、あるいは、そそのかし、並びに、
(A)(以下のものについての)伝達をはじめる(者は)
わいせつ、あるいは下品である、コメント、要求、呈示、提案、イメージ、又は他の通信について、通信の受け手が18歳未満であることを知りながら、そのような通信の作成者が呼び出しを置くか、通信の初歩を教えたかどうかにかかわらず・・・
「(2)通信機器を、彼のコントロールの下、パラグラフ(1)によって禁じられた活動に使用されるのを知りながら、それがそのような活動に使われるという意図をもって、許す(者は)、
18編の下で罰金に課されるか、二年未満の懲役を課されるか、あるいは、両方を課される。
二番目の条項、223(d)条は、明らかに不快なメッセージの知りながらの送信及び展示を、18歳未満の者に利用可能な方法において禁じている。すなわち、それは、以下のように述べている。
「(d)何人であろうと・・・
「(1)州際又は外国との通信において、知りながら
「(A)双方向コンピュータ・サービスを用い、特定の者あるいは、18歳未満の者に、以下のものを送った者は、あるいは、
「(B)双方向コンピュータ・サービスを用い、18歳未満の者が利用可能な方法で以下のものを展示した者は、
(それは)コメント、要求、呈示、提案、画像、あるいは他の通信で、内容において、現代のコミュニティ・スタンダードによってはかったとき、明らかに不快な用語で、描写あるいは説明した、性あるいは排泄の活動又は器官である。そのようなサービスのユーザーが呼び出しを置いたか、あるいは、通信の初歩を教えたかどうかにかかわらず、あるいは、
「(2)知りながら、テレコミュニケーション機器を、そのような人のコントロールの下で、パラグラフ(1)によって禁止された活動に使うことを、それがそのような活動に使用されるという意図をもって、許した者は、18編の下で、罰金を課されるか、二年未満の懲役を課されるか、あるいは、両方を課される。
これらの禁止の広汎さは、二つの積極的防御(affirmative defenses)によって条件付けられている。参照、223(e)(5)[註26]
一方は、「誠実で(善良な信義:good faith)、合理的、効果的、かつ適切な行動」を禁止された通信へのみ成年者によルアクセスを規制するためにとっている人々をカバーしている(→補われる:cover)223(e)(5)(A)
他方は、ある指定された形式の年齢証明、例えば、確認されたクレジット・カードや成人の身分証明書番号やコードを、要求することによって、遮蔽された素材へのアクセスを規制する人々をカバーしている。223(e)(5)(B)
1996年2月8日、大統領が、その法令に署名した後、直ちに、20人の原告ら[註27]が、合衆国司法長官と司法省に対し、訴訟を提起し、223(a)(1)条及び223(d)条の合憲性に異議を唱えた。
1週間後、その結論に基づいて、すなわち、「下品な」は、刑事告発の基礎を提供するにはあまりにあいまいであるので、地裁裁判官Buckwalterは、223(a)(1)(B)(A)の施行に対する暫定的差止め命令(temporary restraining order)を出した。それは、それが(同条が)下品な通信に適用される限りにおいてである。
二番目の訴訟は、それから、27人の追加の原告たちによって提起された。[註28](そして)二つの訴訟は、併合され、そして、三人の地裁裁判官がその法律の561条に従って召還された。[註29]
証拠についての公聴会(evidentiary hearing)の後で、その裁判所は、異議を出された両条項の執行に対して、仮処分(preliminary injunction)を出した。
三人の裁判官各々が、別々の意見を書いたが、その判決は全員一致であった。
裁判官Sloviterは、政府利益の強さを「CDAによって包括された、あるいは、部分的に包括された膨大な範囲のオンライン素材」を規制することにおいて、疑った。しかし、その利益は、その素材のいくつかに関して「抗し難い(compelling)」ということを認めた。929 F.Supp, at 853
彼女は、それにもかかわらず、以下のように結論した。(すなわち)その法令は、「必要以上に広汎に一掃し、そして、その結果、成人の表現を萎縮させている」また「明らかに不快な」と「下品な」という用語は、「生来的にあいまい(inherently vague)」である、ということである。前掲、854頁
彼女は、また、以下のように結論した。(すなわち)積極的防止策は、「技術的又は経済的にほとんどのプロバイダーにとって実行可能で」はない。(そして)特に、以下のような主張を熟慮し、拒否した。(すなわち)プロバイダーは、その素材を、一部の読者が欲しない通信を遮断するのを許す方法において、「タギング(tagging)すること」によって責任を回避することができるという主張である。前掲、856頁
裁判官Sloviterは、また、政府の提案を拒否した。それは、その法令の範囲は、商業上のポルノグラファーにのみ適用すると解釈することによって狭めることができるという提案である。
裁判官Buckwalterは、次のように結論した。223(a)(1)(B)条の「下品な」という言葉、及び223(d)(1)上の「明らかに不快な」及び「文脈において(in context)」という用語は、あまりにあいまいであるので、いずれかのセクションの刑事上の執行が、「単純な公正さ(simple fairness)」の「基本的憲法原理」を侵害するであろう。前掲、861頁。また、憲法修正第一条及び修正第五条の特別の保護を侵害するであろうと、いうことである。前掲、863頁
彼は、以下のような政府の主張に有利な制定法上の基礎(→法律上の根拠:statutory basis)を認定しなかった。それは、異議を唱えられている条項が、「ポルノグラフィクな」素材にのみ適用され、わいせつと違って、「下品さは、重要な文学上、芸術上、政治上、あるいは科学上の価値のある作品を除外するよう定義されてはいなかった。」ということである。前掲、863頁
さらに、政府の主張、すなわち、その作品が「文脈において」明らかに不快であるか検討されなければならない、という主張は、それ自身あいまいであった。なぜなら、関係ある内情(relevant context)は、「他の物事の間で、全体としての通信の性質、それが伝達された日時、使用されたメディア、あるいは、それが適切な警告によって伴われているかどうか、を言及する」かもしれないからである。前掲、864頁
彼は、インターネットの独特の性質が、その法令の曖昧さをひどくするかもしれないと考えている。前掲、865頁、註9
裁判官Dalzellの「インターネット通信の特別な特性」についての再審理は、証拠によって表されたが、彼は以下のことを確信した。すなわち、第一修正は、議会に保護された言論の内容を、インターネット上で規制する権力を否定している。前掲、867頁
彼の意見は、少なくとも、なぜ、彼が以下のように考えているのかを説明した。その法案が、重要な保護された言論を、特に非営利的発言者による言論を、縮減し、一方で、「強情な(perversely)営利的ポルノグラファーが相対的に影響を受けないままである」ということである。前掲、879頁
彼は、我々の事件も、マス・コミュニケーションの規制についての分析への「メディア特有の」アプローチを要求するものとして、解釈した。前掲、873頁。そして、インターネットは、−−「最も参加的な形式の大衆言論がすでに発達した」ように、前掲、883頁−−「政府の介入からの最高度の保護」を与えられている。前掲[註30]
地裁判決は、政府に、223(a)(1)(B)条における禁止を強制することを禁じている。それは、「下品な」通信に関係する限りにおいてである。しかし、明らかに、その中に禁止されたわいせつあるいは児童ポルノの活動を調査し、起訴する政府の権利を保持している。
223(d)(1)及び(2)の施行に対する仮処分(injunction)は、不適当である(unqualified)。なぜなら、それらの条項は、わいせつや児童ポルノへの別々の言及が含まれていないからである。
政府は、法案の特別の再審理条項561,110 Stat.142-143の下で控訴した。そして、私たちは権利上告管轄の(一応の)認容をした(We noted probable jurisdiction)。参照、519 U.S.___(1996)
その控訴審において、政府は、次のように主張した。すなわち、地裁は、CDAがそれが過度に広汎ゆえに第一修正を侵害し、それがあいまいであるがゆえに第五修正を侵害すると、判決するにおいて誤りをした、ということである。
一方で、私たちは、CDAの曖昧さを、第一修正の過度に広汎な問い合わせ(inquiry)に関連するがゆえに議論したが、判決は、第五修正の問題に達するまでもなく、維持されるべきであると、私たちは結論した。
私たちは、私たちの分析を、政府が依拠している主要なの権威(→主要な判決例:principal authorities)を再審理することによって、始める。
それから、CDAの過度の広汎性を説明する後で、私たちは、政府の特別の主張を検討する.それは、私たちがその法令の一部をその包括範囲上の厳格さあるいは形成されている司法上の限界のいずれかによって保持したという、その提示案(submission)を含んでいる。
差し戻しを求める主張において、政府は、我々(当裁判所)の先例の三つの下で、明らかに合憲であると、主張している。すなわち、
(1) Ginsberg v. New York, 390 U.S.629 (1968)
(2) FCC v. Pacifica Foundation, 438 U.S. 726 (1978)及び
(3) Renton v. Playtime Theatres, Inc., 475 U.S. 41 (1986)
しかしながら、これらのケースの正確な見方(close look)は、−−CDAの合憲性に関する疑いを−−解き放つよりむしろ−−生じている。
ギンスバーグ(判決)において、私たちは、ニューヨーク法令の合憲性を支持した。その法令は、17歳未満の未成年者に、彼らにとってわいせつであると考えられる素材を、たとえ成人にとってわいせつでないとしても、販売することを禁じていた。
私たちは、以下のような被告の広汎な提示案を拒否した。それは、ある市民に、性に関係する素材を読んだり、見たりするために確保された憲法上の表現の自由の領域は、その市民が成人であるか未成年者であるかに依拠するようにされることはできない、ということである。390 U.S. 636
その主張を拒否するにおいて、私たちは、州の、その州の若者の幸福における独立の利益のみならず、以下のような原則の常続的確認もまた依拠していた、それは「親の、彼ら自身の家庭におけるその子供の養育を支持する権限、に向けての主張は、私たちの社会構造に基づいている」という原則である[註31]
四つの重要な側面において、ギンスバーグ(判決)で支持された法令は、CDAより狭かった。
第一に、私たちは、ギンスバーグにおいて、以下のように記した。「未成年者への販売に対する禁止は、そう切望する親たちにその子供のために雑誌を購入することを禁止していない。」前掲、639頁
CDAの下では、対照的に、親たちの同意−−あるいは、その参加でさえ、通信において、その法令の適用を回避するだろう。[註32]
第二に、ニューヨーク法令は、商業取引にのみ適用された。前掲、647頁。それに対し、CDAは、全くそのような限定を含んでいない。
第三に、ニューヨーク法令は、未成年者に有害である素材についてのその定義を、以下のような要件を持って閉じ込めていた。それは、「究極的に未成年者に社会的重要性を償うことなく」という要件である。前掲、646頁
CDAは、223(a)(1)条で使われている「下品な」という用語の定義を私たちに提供し損なっている。そして、重要なことには、223(d)によって包括された「明らかに不快な」素材が、重要な文学、芸術、政治、あるいは、科学上の価値を欠いていること、という要件を省略している。
第四に、ニューヨーク法令は、17歳以下の者として、未成年者を定義したが、それに対して、CDAは、18歳以下のすべての者への適用において、そのearest majority の追加年齢を含んでいる。
パシフィカ(判決)において、私たちは、連邦通信委員会の宣言的命令を支持し、以下のように判示した。「Filthy Words(卑猥な言葉)」というタイトルのつけられた12分間のモノローグの録音の放送は、それは、前に、生の聴衆に配布されたものであるが、「行政罰の対象になる」ということである。438 U.S.730(中の引用部分は省略:internal quotations omitted)
委員会は、以下のように認定した。排泄又は性的な活動又は器官に言及する一定の言葉の反復的な使用は、「子供たちがその視聴者の中にいる昼の放送においては、明らかに不快である」ということである。また、そのモノローグは、「放送として」下品であると、結論付けた。前掲、735頁
被告の制定法上の主張を拒否した後に、私たちはその二つの憲法上の主張に直面した。すなわち、
(1)委員会の下品な言論を禁止するその権限についての解釈は、あまりに広汎であるので、その命令は、たとえ問題となっている放送が保護されていないとしても、脇に置いておかなければならない、ということ、及び
(2)その録音は、わいせつではないので、第一修正は、それをラジオ上で放送する権利のいかなる縮減も禁じられる、ということである。
裁判官Powell及びBlacknum は、加わらなかった主導的意見の一部において、多数は、第一修正は言論内容に基づくすべての政府規制を禁止している、と述べた。前掲、742‐743頁
従って、わいせつでない、卑俗で(vulgar)不快なモノローグに対する、憲法上の保護の適用可能性は、放送内容に基づくものである。前掲、744‐748頁
「あらゆる形態の通信」放送は、最も限定された第一修正の保護を受けてきた、という前提(premise)によれば、前掲、748-749頁
裁判所は、以下のように結論付けた。すなわち、子供たちが放送へのアクセスを得るかもしれないという容易さ(ease)は、「ギンスバーグ(判決)において確認された関係を伴ったものであるが」、下品な放送についての特別扱いを正当化した。前掲、749‐750頁
ギンスバーグにおいて問題となっているニューヨーク法令に関して、パシフィカで支持された命令とCDAとの間には、重大な相違点が存在する。
第一に、パシフィカ事件における命令は、ラジオ局を数十年間、ずっと規制してきた機関によって出されたものであり、特定の放送を狙ったものであった。その放送は、伝統的な番組内容からのむしろ劇的な出発を表していた。それは、そのような番組を、その特別のメディアの中で放送できたか−−どうかというより、むしろ、いつ放送できるかを指定するためである。
CDAの幅広いカテゴリー分けした禁止は、特定の事件に限定されていないし、また、インターネット特有の性質に通じた機関による評価によるものでもない。
第二に、CDAと異なって、委員会の宣言的命令は刑罰ではない。また、私たちは明らかに下品な放送が「刑事訴追を正当化する」かどうかを判断することを拒否している。前掲、750頁
最後に(→第三に)、委員会の命令は、歴史の問題として、「最も限定された第一修正の保護を受けて」きた、メディアに適用された。
さらに、地裁は以下のように認定した。すなわち、下品な素材に偶然である危険は、ごくわずかである。
なぜなら、一連の積極的ステップが、特定の素材にアクセスするために要求されているからである。
レントン(判決)において、私たちは、住宅地近郊の外に、成人映画館を置くゾーニング条例を支持した。
その条例がねらいとしたのは、劇場で上映された映画の内容ではなく、むしろ「二次的影響」−−たとえば犯罪や不動産価値の低下といった−−これらの劇場が促進するものであった。
「『二次的影響というのは、このゾーニング条例が回避しようと意図しているものであるが、「不快な」言論のまき散しではない』」475 U.S.at49(Young v. American Mini Theatres,Inc.,427 U.S.50,71 n34(1976)を引用している)。
政府によれば、CDAは合憲である。なぜなら、それはインターネット上の一種の「サイバーゾーニング」(→サイバーゾーンの規制)を構成しているからである。
しかし、CDAは、サイバースペースの全世界に広く適用される。
そして、CDAの目的は、子供を「下品な」及び「明らかに不快な」言論の第一次的効果から保護することである。むしろ、そのような言論の第二次的効果よりも。
そうして、CDAは、言論上の毛布をすっぽりかけたような規制に基づいた内容である。そして、また、「時、場所、及び方法の規制として適切に分析する」ことはできない。475 U.S. at46
Boos v. Barry, 485 U.S.312,321 (1988)もまた参照せよ。(「言論のその聴衆についての直接の衝撃に照準を当てた規制」は、レントン判決のもとで適切に分析されていない。)また、Forsyth County v. Nationalist Movement, 505 U.S. 123,134(1992)(「言論に対する聞き手の反応は、規制にとって内容中立的基礎ではない。」)
これらの先例は、それから、確かに私たちにCDAを支持することを求めていないし、また、その条項の最も厳格な再審理の申し立てと共に、完全に首尾一貫している。
Southeastern Promotions,Ltd. v. Corad, 420 U.S. 546,557(1975)において、私たちは以下のことを観た。すなわち、「各表現メディアは−−それ自身の問題をあらわすかもしれない」ということである。
そうして、私たちの事件のいくつかは、放送メディアの規制に対する特別の正当化根拠を確認している。それは、他の話し手には(→他のメディア?)適用できないものである。参照、Red Lion Broadcasting Co.v. FCC, 395 U.S. 367(1969), FCC v. Pacifica Foundation, 438 U.S. 726(1978)
これらの事件において、裁判所は放送メディアについての拡大した政府規制の歴史に依拠していた。参照、例えば、Red Lion, 395 U.S.at399-400,また、その開始(inception)において利用可能な周波数の不足(について)参照せよ。たとえば、Turner Broadcasting System, Inc.v. FCC, 512 U.S. 622,637-638(1994).及び、その「侵略的」性質(について)参照せよ。Sable Communication of Cal.,Inc.v.FCC,492U.S.115,128(1989)
それらの要素は、サイバースペースでは現れていない。
CDAの制定前、あるいは制定後いずれにおいても、インターネットの膨大な民主的ファーラム(fora)は、放送産業に出ている政府の監督や規制の種類に従わされてきた。[註33]
さらに、インターネットは、ラジオやテレビほど「侵略的」ではない。
地裁は、特に以下のことを認定した。すなわち「インターネットをめぐる通信は、個人を家庭を『侵略し』ないし、招かれない個人のコンピュータ画面上に現れることはない。
ユーザーは、ほとんど内容に『偶然』遭遇することはない。929 F. Supp.,at 844(finding 88)
それはまた、以下のことを認定した。すなわち、「ほとんどすべての性的にあからさまな画像は、その内容に関する警告に先立たれている」そして、以下のような証言を引用した。すなわち「あるユーザーが性的にあからさまなサイとに偶然にアクセスしてしまうことは、『ほとんど可能性がない(odds are slim)』である。
私たちは、パシフィカ事件をSable, 492 U.S. at 128 の中で、まさにこの基礎の上で、特徴付けた。
セイブル事件では、性的志向の前もって録音した電話メッセージ(一般に「ダイヤル・ア・ホーン〔dial a pone〕」として知られている)を提供するビジネスに従事する会社は、通信法の修正についての合憲性に異議を唱えた。それは、わいせつと同様に下品な州サイの商業的電話メッセージに包括的な禁止(blanket prehibition)を課していた。
私は、以下のように判決した。すなわち、その法令は、それがわいせつなメッセージに適用される限りにおいて合憲であるが、下品なメッセージに適用されるときには無効である。
下品な商業的電話メッセージの完全禁止及び犯罪化を正当化しようと意図して、政府は、パシフィカ事件に依拠し、その禁止は子供がそのようなメッセージへのアクセスを得るのを阻止するのに必要であると主張した。
私たちは、以下のことに同意した。すなわち「やむにやまれぬ(抗し難い:compelling)利益が未成年者の身体的及び精神的幸福を保護することに存在し、それは、彼らを大人の基準によればわいせつではない下品なメッセージから遮断することに拡大していた。492 U.S. at 126. しかし、パシフィカ事件において我々の「強調的な狭い保持(emphatically narrow holding)」を区別していた。というのは、それは完全な禁止を含んでいなかったし、またそれは別の通信メディアを含めていたからである。前掲127頁
私たちは、以下のことを説明した。すなわち「ダイヤルするメディア(dialit medium)は、聞き手にその通信を受けるために積極的なステップを踏むことを要求している。前掲127-128頁
「私たちは続ける」という電話のコールをすることは、ラジオをチューニングする、及び突然、下品なメッセージが入ってくるのとは同じではない。前掲128頁
最後に、議会が最初に放送電波の規制を認可したとき、明らかにした状況とは異なって、インターネットは"scarce"expressive commodityを考慮することはほとんどできない。
それは、比較的、制限されていない、低コストの能力を、あらゆる種類の通信について提供している。
政府は、以下のように見積もっている。すなわち、4000万人以上の人がインターネットを今日使っている。そして、その数は、1999年までに2億人にまで膨れ上がると予想されている。」[註34]
このダイナミックで、多面的な通信のカテゴリーは、伝統的な出版及びニュース・サービスのみならず、オーディオ、ビデオ及び画像まで、また、方法工の、リアルタイムのダイアログのように、含んでいる。
チャット・ルームの使用を通じて、誰もが電話回線を持って、演説するときの石鹸の小箱からできることよりはるかに共鳴を呼ぶ声を街の叫ぶ人(town crier)になることができる。
ウェッブ・ページ、メール・エクスプローダー、及びニュース・グループの使用を通じて、同じ個人がパンフレットを配る人(pamphleteer)になることができる。
地裁が認定したように、「インターネット上の内容は、人間が考えるのと同じくらい多様である。」929 F.Supp. at 842(finding 74)
私たちは、以下のようなその結論に同意する。すなわち、私たちのケースは、このメディアに適用されるべき第一修正の精査(scrutiny)のレベルを制限する(qualify)する基礎を全く適用していない。
CDAがあまりにあいまいであるために、第一修正を侵害するかどうかにかかわらず、その包括範囲にかかわる多くの縮減は、それを第一修正の目的にとって問題あるものにさせる。
たとえば、CDAの二つの部分それぞれは、異なった言語上の形態を使用している。
第一は、「下品な」という言葉を使っている。47 U.S.C.A. 223(a)(Supp.1997) 一方、第二は、以下のような素材について話をする。すなわち「文脈において、現代のコミュニティ・スタンダードによって測られたとき、明らかに不快な用語で、性的あるいは排泄の行為又は器官を、描写あるいは説明する」酔うな素材である。223(d)条
いずれかの用語の定義がなされていないならば[註35]、言葉におけるこの違いは、話し手の間で、どのように二つの基準が互いにかかわっているのかについて[註36]、また、まさにそれらが意味するものについて[註37]、不確実性(uncertainty)を促すであろう。
話し手が、以下のことを地震を持って仮定できるだろうか。すなわち、産児制限(birth control practices)、同性愛、我々のパシフィカ事件意見の補遺(Appendix)によって生じた第一修正の問題、あるいは、刑務所内のレイプについての結果(consequences)は、CDAを侵害しなのだろうか。
この不確かさは、CDAが未成年者を潜在的な有害な素材から保護するという議会の目的に注意深く作り直される(tailor)見込みを崩す(undermines)。
CDAの曖昧さは、二つの理由にとっての特別の関係の問題である。
第一に、CDAは、言論規制に基づいた内容である。
刑事上のそのような規制の曖昧さは、特別の第一修正の関係を、自由言論についてのその明らかな萎縮効果のために生じる。
参照、例えば、Gentile v. State Bar of Nev.,501 U.S. 1030,1048-1050(1991)
第二に、CDAは、刑罰法規である。
刑事上の有罪判決の汚名(opprobrium)と不名誉(stigma)に加えて、CDAは、侵害者たちを2年以上の懲役を含む刑罰をもって、各侵害行為に対し、脅している。
刑罰の厳しさは、発言者が議論のある不法な言葉、考え、及びイメージさえをも通信するより、むしろ沈黙したままでいるようにするであろう。
参照、例えば、Dombrowski v. Pfister, 380 U.S. 479,494(1965)
現実問題として、これは抑止(deterrent)効果を増大させる。それは、あいまいな規制の「識別する施行(discriminatory enforcement)の危険」を伴って、Denver Area Ed. Telecommunications Consortium, Inc. v. FCC, 518 U.S.___(1996)によって再審理された民間の規制によってもつれさせられたものより、大きな第一修正の関係をまごつかせている(poses)。
政府は、以下のように主張する。すなわち、その法令は、当裁判所がMiller v. California, 413 U.S. 15(1973)において確立したわいせつせいの基準よりあいまいではない。
しかし、そうではない。
ミラー判決において、当裁判所は有罪判決(criminal convict)を再審理した。それは、性的にあからさまな活動(→あからさまな性行為)の写真を含んだパンフレットを、そのような素材を求めていない個人に郵送した商業販売者に対するものである。前掲18頁
若干の時間、わいせつ制の定義を確立するのに、もがいて、私たちは、今日、支配しているわいせつせいについてのミラー・テストを公にした(set forth)。すなわち
117 S.Ct.2329(Part2)に続く
日本語訳 T.Mizuno